第5話蘇りの白い病魔
俺の過去の話を終えた時、中学生達は信じられない顔をしていた。だがセレナ一人だけは、どこか哀れんでいる顔をしていた。
「それで、そのドラゴンの姿を見た事は無いのですか?」
「ああ、出会ったきり一度も無い。今でも声だけ聞こえる存在だ。」
「ふーん、でも信じられない。一度だけ姿を見せるように、頼んでよ。」
中学生の一人が言うと、全員が「見せて見せて!」と騒いだ。
「駄目だ、あいつは人目に付きたくない性格なんだよ。」
俺が少し睨みながら言うと、中学生たちは黙り込んだ。こうなるのも無理は無い、俺は百九十二cmというかなりの高身長で顔もかなりの強面だ。大抵の人ならどいてと言う手間も無く、道を開ける。
「あ、もう授業の時間だ。じゃあね。」
中学生の一人が言うと、他の全員が一斉に教室に向かった。ただセレナだけは部屋から出るまで、俺の方に視線を向けていた。
午後四時頃、俺はセレナと一緒に理事長室に来るように桃枝から呼び出しを受けた。理事長室に入ると、桃枝は俺とセレナにお使いを命じた。
「今日の夕ご飯の材料の一部が切れていたの、メモを渡すから書かれてあるものだけを買って来なさい。」
「あの、どうして俺とセレナ何ですか?」
俺が桃枝に尋ねると、桃枝は言った。
「最後にデートをしてきなさい。」
俺は訳が分からなかったが、セレナは何か嫌な予感を感じていた様子だった。
俺とセレナはスーパーに到着した。ここまでの道中で俺とセレナは特に会話はしなかったが、セレナの様子が何かおかしいと俺は感じていた。
「なあ、一体どうしたんだ?」
俺が尋ねてもセレナは答えなかった。その後は俺が買い物かごを持って、セレナと共にメモに書かれた商品を探し歩いて買い物かごに入れて、そしてレジを通して持ってきた買い物袋に商品を入れた。そしてスーパーを出ようとした時、セレナが急に俺の右腕を掴んだ。
「どうした?」
「あの、あれ・・・食べたい。」
俺にお願いをする恥ずかしさか、セレナは視線をそらせていた。でもセレナが指差す先には、サーティワンが見えた。
「もしかして、食べたいのか?」
セレナは頷いた。真面目な人ならとにかく駄目だと言って帰るだろう、しかし俺はセレナが何を思っているのかが気になった。
「セレナが怯えている・・・。」
急にドラゴンの声がした、言っていることの意味が分からない。
「分かった、特別だぞ。」
俺はサーティワンでセレナの分だけのアイスを買った、コーンタイプのシングルで味はバニラである。
「あんたは食べないの?」
「俺はいらない。」
職業柄減量中の俺にアイスは禁物だ。アイスを食べながら、セレナは俺に言った。
「ねえ、今夜だけ家出しない?」
「はあ?どうして家出なんかするんだ?」
「おそらく戻ってきたら、私はあんたから引き離されてしまう。かと言って、私はもうあんたを殺せない・・・。なんなら今夜限りは私と一緒にいてほしいな・・・。」
セレナは今までに見せない寂し気のある瞳をした、それはセレナの魅力を少し滲み出させた。
「ちょっと待て、どうして今夜引き離されると思ったんだ?」
「これは私の勘だけど、桃枝さんが『最後にデートをしてきなさい。』と言ったでしょ?おそらく私を探している人が文殊と愛の家に私が居ることを突き止めて、桃枝さんに私を引き取らせてほしいと連絡したと思う。」
俺は迂闊だった。セレナが施設を抜け出している事を知りながら、そこまでの未来が予想出来なかった。
「なかなかの推測だな。それにしてもお前が予想をしなかったとは、珍しい事だ。」
ドラゴンに指摘された俺は、何も言えなかった。俺はさらにセレナに尋ねる。
「でも俺は親の仇であることに変わりない、そんな俺と付き合う事にわだかまりは無いのか?」
「無いと言ったら嘘になるかな・・・。でもあなたの過去を知って、考えが変わったの。」
セレナは吹っ切れた顔をして俺に言った。
「最初は自分がこの世の中で一番不幸だと思っていた。母の怪我や勝手な父・祖父母に振り回され、挙句には施設に置いて行かれてしまった私はとても不幸だと思っていた。でもあんたの子供の頃の話を聞いて、私だったら絶対に耐えられないと思った。私には親はいなくても施設の生活は快適だったし、次第に友達も増えて寂しさも癒えた。でもあんたは親も温かい家も親友も無い状態で、ただ見えないドラゴンと一緒に山の中で生活した。私より不幸な人間を知った、しかもそれが親の仇だったなんて本当に可笑しい・・・。とにかくあんたが永久と桃枝に拾われた事は、本当に奇跡的だと私は思う。」
セレナの優しい顔を俺は初めて見た、そこにはもう殺意の表情は微塵もない。
「つまり俺はそれほど非道な人間ではないと悟ったという事か。なら一緒にいてもいいぞ。」
「ありがとう、それじゃあちょっとお店を見て回ろうよ!」
そして無邪気になったセレナは、俺を引っ張ってエレベーターへと向かった。
そして俺とセレナは、お使いの事を無視して夜のスーパーを楽しんだ。セレナはアンティークの専門店で、小物やアクセサリーを見回している。やはりそこは女の子らしさを感じた。
「変わったな、セレナ。」
ドラゴンが話しかけた。
「ああ、そうだな。」
「お前があの時、セレナの母を投げた事でセレナは復讐の業に駆られた。でも今ではお前に対する殺意を感じない。人間の心というのは、不思議なものだ。」
「まあな、人の心は変わるものだ。だからこそ改心したり堕落したりして、己の道を進んでいくんだよ。」
俺がドラゴンと話している時に、俺のスマホに着信が来た。通話の相手は桃枝だった。俺が出ると、桃枝の凄い剣幕で怒鳴る声が聞こえた。
「あんた達!いつまで道草くってるんだい、早く帰って来なさい!!」
「分かったよ。もしかしてそっちに、桜道から来た人がいるのか?」
「・・・そうよ、よくわかったわね。」
桃枝は冷静ながらも驚いた口調で言った。
「セレナが勘で察したらしい、あんたの言う通り最後のデートを楽しんでいる所だ。」
「じゃあデートの時間は終わりよ、みんな夕食はもう済ませてしまっている時間なんだから、帰って来なさい。」
「今夜は戻ってこれない、俺のアパートで一泊することにする。」
俺は桃枝が何か言う前にガチャ切りした。その時、突然悲鳴が聞こえた。
「何があったんだ!!」
俺が悲鳴のする方に向かうと、セレナが仰向けに倒れていて、それを発見した女性の店員が顔面蒼白でその場に崩れ落ちていた。
「セレナ!大丈夫かセレナ!!セレナ!!」
反応が無いのを確かめた俺は、すぐに119番通報をした。
セレナを乗せた救急車は中日病院に到着した、俺は救急車から降りると桃枝に連絡をした。桃枝は「永久と桜道の人も一緒に来るから」と言って通話を切った。セレナの緊急手術は、桃枝達が来る前に終わった。ただ手術を終えた医者から、絶望的なことを言われた。
「セレナさんは白血病を再発しています、この場合もう治療の望みはありません。」
「・・・そんな。」
俺はショックでその場に崩れ落ちた、丁度そこに桃枝と永久と桜道から来た男が走り込んできた。
「竜也!!セレナは、セレナは無事なのかい?」
桃枝は俺を揺すりながら問いかける。
「あの、セレナの保護者様ですか?」
「ああ、そうだ。」
永久が答えると、医者は三人に同じ事を言った、今度は三人がショックで崩れ落ちた。
「何てことなの・・・。」
「最悪の不運だ・・・。」
「セレナ・・・君を捜して東京から来たのに、そんな事って・・・。」
俺は立ち上がって男に話した、男は三十代ぐらいで眼鏡をかけていた。
「俺は城ヶ崎竜也だ、あんたの名前は?」
「私は町田賢治といいます、あなたがセレナさんの因縁の相手ですね?」
「ああそうだ。東京から来たというのに・・・、迷惑をかけてすまなかった。」
「いいです。それよりもセレナの白血病が再発するなんて、彼女にその現実が受け止められるか・・・。」
俺と町田はセレナに突きつけられた絶望を、ただ見つめるだけだった。
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