第4話ドラゴンの孤独
俺・城ヶ崎竜也が、何故ドラゴンと出会い、孤高を極める人生を歩む事になったのか・・?今から話すのは、その序章の話である。その頃の俺は、日本のどこにでもいる四歳児。やんちゃながらも一切の心の荒みが無く、親の言う事をよく聞くいい子だった。しかし運命は、そんな俺に無慈悲な試練を課した・・・。
五月の初めだっただろうか、当時父と呼んでいた男が運転する車は、山の中の道を走っていた。俺は後部座席で当時母と呼んでいた女と座っていたが、女の表情は暗く悲し気だった。ピクニック気分だった四歳の俺は女に心配そうに声をかけたが、女は大丈夫よと笑った。そして急に車は停まり、俺は女と一緒に車から降りると、女は俺に優しく言った。
「いい?ここで大人しく待っているのよ。私とお父さんが来るまで、食べてもいいかね、すぐに戻ってくるから。」
女は俺が好きだった未開封のチョコボールの箱を、俺に手渡した。今思えば明らかに俺を捨てようとしていたが、四歳の俺は素直に頷いてチョコボールの箱を受け取った。そして女は車に乗り込むと、車は走り去った。俺は一人ながらも、「言いつけを守らなきゃ」という気持ちで、その場から動かなかった。しかし時間が過ぎるにつれて空は暗くなり、恐怖が音もたてずに俺を襲った。しかも少し肌寒くなり、全身が地震のように震えた。
「父ちゃん、母ちゃん・・・遅いなあ・・・。」
俺がそう思っていた時、空から閃光がしたかと思うと、「ガッシャーン、ゴロゴロ!!」という音がした。空がかなり荒れだして、雨が降ってきた。音の正体が雷と分かった俺は、姿勢を低くしながら耐えていた。しかしそれにも限界が来た、何度目かの落雷が四歳の俺の精神にクリーンヒットした。両親との約束は頭から吹っ飛んだ、俺は泣き叫びながら疾走した。
その後、俺は山の中のどこか分からないところで夜を明かした。木々の上が光出した時に目覚めた。しかし俺は何をどうしたらいいか分からない、そんな時女から貰ったチョコボールの箱を見つけ、それと同時に空腹を感じた。俺はチョコボールの箱を開封して、五粒のチョコボールを一気に食べた。これまでにないほど美味しかった。俺は何も思い浮かばず、取りあえず歩いた。山の中を歩き、日が暮れたらそこで休んで夜を明かす、そんな生活を繰り返した。カレンダーと時計が無いから、何月何日も時間も分からず、毛布も無いからもちろん夜は酷く寒い。何日か過ぎて川を見つけたので、川にそって進んだ。何日か過ぎてショックを受けた、チョコボールを全て食べつくした事に気が付いた。それから何日か過ぎて、俺は人生で初めて飢餓を経験した。とにかく体が食事を欲している、その感覚が強烈な勢いで全身に伝わるのだ。そして俺は動く気も力も底を尽き、倒れ込んだ。きっとこのまま一人で死んでいくんだろう、凄く悲しいが涙も出ない。俺の視界が歪んで、真っ黒になって行くのだった。
「気が付いたか・・・。」
それは俺が倒れた後に聞いた声だった、低くてどこか変わった声。俺が薄っすらと目を開けると、そこにはティラノサウルに大きな羽を生やしたような姿の、巨大な生き物がいた。しかも腕はティラノサウルよりも太く、がっしりとしている。俺は恐怖を感じ逃げようとしたが、体が言う事を聞かなかった。
「安心しろ、別にお前を食べたりはしない。」
俺はビビりながら、おぼつかない口調で謎の生き物に言った。
「ぼ・・ぼくに・・・何をす・・・るの?」
「これからお前の体に乗り移る。そういえば名乗っていなかったな、私はクリムゾン・タイラント。これからよろしくな。」
冷静にクリムゾン・タイラントを見ると、本やカードなんかに描かれているドラゴンの姿をしていた。
「乗り移る・・・、どういう事?」
「要は、私がお前の頭の中に入り込むのだ。」
俺は困惑した。そして俺はクリムゾン・タイラントに尋ねた。
「何でそんな事をするの?」
「俺は人に興味がある、我より小さくか弱き種族だが、我に出来ぬ行動や技術があるという。俺はそれを見たいのだが、この姿では大騒ぎされてしまう。落ち着いてみるために、お前の体が必要なのだ。」
「でも・・・それはこわいよ・・・。」
「なに、別にお前の体を奪うつもりは無い。それに俺が乗り移れば、お前は助かるからな。」
「どういう事?」
「俺のようなドラゴンは、何日食べなくても平気なんだ。だから俺が乗り移れば、お前は何も食べずにある程度は大丈夫だ。空腹を感じれば、俺が食料を持ってきてやるよ。」
四歳の俺は考えた、このドラゴンの言っていることが本当かどうかは分からない、でも助かる希望もある。とにかく今のままでは何も変わらない、窮地に陥っている時、人は変化を求めるものである。
「わかった・・・・、僕に乗り移ってもいいよ。」
「そうか、それならそうさせてもらう。」
クリムゾン・タイラントはそう言うと、幻のように俺の視界から消えた。そして俺の体に、物凄い力が沸き上がってくるのを感じた。
「なにこれ・・・何だかとても大きくなって、強くなった気分だ。」
そしてこの時から、俺は不安を抱えた少年から強い意志を持った少年になった。
それから俺はこの山で生き続けた、他の同年代が朝から夕方まで幼稚園か保育園で先生達と楽しく過ごし、夜は母親の作る料理を食べて入浴して心地いい寝床で寝る毎日を送る中、俺は山の中を進みながら、川で水と山菜と魚を手に入れそれを毎日の食事としていた。やり方はドラゴンから教わったが、ドラゴンは俺の頭の中から話しているだけで、俺の目には見えない。俺の寝床は辿り着いた所で横になるだけ、隣には誰もいない。俺がドラゴンを体に宿したとしても、孤独の呪縛は俺の体から無くなる事は無かった。それでも寂しかったかどうか問われると、答えはそうでもない。当時の俺には生きる事に全力だったので、寂しさを感じる心の余裕が無かったのだ。
そして俺の孤独な生活に、終わりの時が突然やってきた。山の中を進んでいた俺は、開けた場所に到着した。そこでは多くの人達が、テントを張って自然を楽しんでいた。火を使って何かを焼いているのだろう、これまでにない良い匂いを俺の鼻は感じ取った。俺は食欲に駆られて、盗み食いすることにした。目を付けたのは大勢の人がいる場所、金網の上で肉・野菜が美味しそうに焼かれていた。俺はそれが誰かの紙皿に盛られるのを狙った。そしてある子どもが食材の盛られた紙皿を持って集団から少し離れたのを見て、俺はそいつめがけて走り出し、紙皿を奪い取った。そしてまた走り出して、木々の中へ逃げた。
「はあ、はあ・・・手に入れたぞ。」
俺は食材の余熱に慌てながらも食べた、久しぶりの焼いた肉は美味かった。だがこれに味を占めてもう一度さっきの所に向かった時、ある男に見つかった。
「お前か、さっき盗み食いをしたのは?」
男の顔は凄く怒っていたが、俺がうんと言うと俺を連れて集団の中へ行き、俺に優しく言った。
「もし盗み食いしたことを謝ってくれたら、もう一度料理を食べてもいいぞ。」
俺はごめんなさいと謝った、そして男は紙皿に肉と野菜を盛って、箸と一緒に渡した。美味しそうに食べる俺に、男は言った。
「お前、どこから来た?」
「東京から。父ちゃんと母ちゃんに待っているように言われたけど、結局戻ってこなかった。」
すると男の表情が曇り、携帯電話を取り出した。
「君の名前は?」
「青山竜也」
その後男はどこかへ電話をして、数分後に来た警察の人と一緒に俺を警察署に連れて行った・・・。
後に明らかになった話だが、なんと俺には出生届が提出されていなかった。そのため戸籍謄本に無く、警察も俺の両親を見つける事が出来なかった。男は俺の出生届を出さなかった両親に腹を立て、同時に俺がほっとけなくなり俺を引き取った。この男が城ヶ崎永久であり、そして俺は城ヶ崎竜也となった。
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