第3話リベンジ・シャットアウト

 午後七時、俺は一時的ながらも六年ぶりに文殊と愛の家に戻ってきた。手にはアパートから持ってきた貴重品が入ったカバンを持っている。

「やっと来たわね。」

 玄関で待っていたセレナが言った。

「何だ?俺がいなくて、退屈だったか?」

「違う・・・、あたし諦めてないからね。」

 そう言うとセレナは奥の方へと行ってしまった。

「竜也、気を付けた方がいいぞ。」

 俺はドラゴンの忠告に頷いた、先程のセレナのセリフに殺意を感じたからだ。




 そしてドラゴンの忠告は現実となった。翌日を迎えた頃だろうか、俺は何故かどうも寝付けなくなってふと目が覚めた。すると包丁の刃先が写り込んだ。

「うおっ!!」

「わあ!!」

 俺が起き上がるのと同時に、包丁が俺から少し離れた。そしてその包丁を持っていたのは、やはりセレナである。

「セレナ・・・、諦めが悪いな。」

「もう少しだったのに・・・、こうなったらこれでもくらえ!!」

 セレナは鬼気迫る顔で包丁を乱暴に振り回しながら襲い掛かってきた、俺はボクサーのフットワークの要領で包丁を避ける。

「どうした、当たりもしてないぞ?」

「そっちこそ、何で殴らないの?」

「俺は格闘家だ、拳は試合以外は使わない。」

「フン、タイラント城ケ崎と言われていても、自分の罪からは逃げるんだ。所詮はただの人間ね。」

 セレナはせせら笑った。

「ならば私は正義よ、おとなしく正義を受け入れなさい!!」

 セレナが飛び掛かろうとしたその時、セレナが誰かに羽交い絞めにされた。

「お前、竜也さんに何してんだ!」

「撫子、危ないぞ!!」

 セレナを捕まえたのは、大林撫子。俺より八つ年下で、ヤンキーながらも文殊と愛の家の頼れる姉貴分だ。

「離せ!!これは正義の行動よ!!私の使命なのよ!!」

「ぬかしてんじゃねえぞ、このメスガキ!!」

 撫子のドスを至近距離で聞いたセレナは硬直した、撫子はこの隙にセレナから包丁を取り上げ、後ろにいた桃枝に包丁を渡した。

「寝る前にキッチンを見たら包丁が一本無くなっていて、どうも嫌な予感がしたからセレナを見張っていたの。」

「お袋・・・。」

 やはり女の勘は侮れない。大林から解放されたセレナは、悔し涙を流して崩れ落ちた。そんなセレナに桃枝は言った。

「・・・セレナ、仇の母である私が言うのも変だけど、復讐なんてやめなさい。仮に竜也を殺しても、あなたは何も得ない。」

「決めつけないで!!これが私の生きる理由よ!!」

 すると桃枝は、立ち上がったセレナにビンタをかました。

「いいかい?罪の償いにもやり方があるんだよ。竜也はあなたの母の体と心に重傷を負わせた、けどあなたは本気で竜也を殺そうとした!!あんたが親の仇より落ちぶれて、どうするんだい!!」

 桃枝のドス混じりの叱責に、俺と撫子は呆然とするだけだった。セレナは反論しようにも、桃枝にビビッて言葉が出ない。

「もうこんな時間だから早く寝なさい、セレナは私と一緒に寝るんだよ。」

 そう言うと桃枝はセレナを自分の部屋へと連れて行った、俺と撫子はただ呆然とするだけだ。

「何か久しぶりに見たな、ガチでキレたお袋・・・。」

「あれ見たら、大抵の子供は大人しくなるよ・・・。」

 撫子は苦笑いしながら言うと、自分の部屋へと戻っていった。そして俺は、ベッドの中へ戻って行った。



 翌日午前五時に俺は起床し、朝の運動を始めた。それから一時間後に部屋へ戻ろうとすると、子供達のほとんどが起床していた。そして制服姿の撫子がいた。

「撫子、これから学校か?」

「うん、朝食を食べて直ぐに行くところ。」

「そういえば、もう高校生だよな。高校はどこだ?」

「県立刈谷高校。」

「そうか・・・。」

 ちなみに俺は成績は優秀ながらも素行の悪さが仇となり、県立名古屋西高校の定時制にしか入れなかった。そして午前七時十五分、俺とセレナとここで暮らす全ての少年少女達が、朝食をしに食堂に集合した。順番によそってある料理をお盆に乗せて、好きな席に座る。俺が席に座ると、その向いの席にセレナが座った。

「いただきます。」

『いただきます。』

 桃子のあいさつに全員が続いた、俺が六歳の頃から今から六年前まで見続けた朝の光景である。セレナは俺を睨みながら朝食を食べた、昨夜桃枝にビンタされた跡がまだ赤く残っている。その後、全員が空の器とお盆を職洗浄機に入れて食堂を退出し、小学校と中学校へと向かって行った。俺はジムが休みなので、桃枝から雑事を命じられることになった。廊下の掃除とトイレの掃除、それから文殊組の相手を任された。文殊組とは学校に行けない小中学生で編成された組で、小学生と中学生の二組ずつに分けられている。文殊組では午前九時から午後三時まで、職員が先生として主要四教科の授業を行う。ここは紛れもない児童保護施設なのだ。

「そういえば、セレナは?」

「あの子は文殊組に入ったよ。今は数学の授業中だね。」

 俺は気になって文殊組の中学クラスを見に行った。セレナは一番前の席で、ノートに何かを書いていた。復讐の鬼となった少女も、根は真面目なようだ。俺は文殊組の助けを任された、教員免許は無いが勉強を教えることぐらいは出来る。数時間が過ぎて、俺は再び食堂で文殊組と共に昼食を食べた。昼食が終わったら一時間程の自由時間、文殊組はそれぞれの方法で自由時間を楽しんだ。

「いつも騒がしそうだな・・・。」

 ドラゴンがポツリと呟いた。

「ああ、俺は普通に登校していたから、この時間帯の様子を見るのは初めてだ。」

 俺は適当にぶらつくことにした、するとピアノの音が聞こえた。そういえばここには、一台だけピアノがある。俺がその場所に向かうと、文殊組の小中学生に囲まれる中、なんとセレナが黙々とピアノを弾いていた。

「上手だな・・・。」

「ほう、少女にしては大したものだ。」

 俺もドラゴンも、セレナの演奏に目が釘付けになった。するとセレナがふと俺の存在に気付いて、慌てて演奏を止めると椅子から降りて、俺の所に来た。

「まさか、演奏を聴いていたの!?」

「うん、聴いた。」

「辞めてよ!!恥ずかしいから・・・。」

「別に恥ずかしいことは無いけど・・・。」

「そういえば、あんたはピアノを弾けるの?」

 すると小学生の男子が、セレナに言った。

「竜也さんは小三の時にピアノを破壊した事で、ピアノに触る事を禁じられているんだ。」

「え、本当なの?」

 それは文殊と愛の家に語り継がれている、俺の悪い武勇伝の一つ。小学三年当時の俺は「親無しのろくでなし」と同級生から罵倒され、酷い嫌がらせも受けていた。親にも報告したが、学校側は何も対策はせず、嫌がらせは酷くなった。そこで俺は同級生への仕返しとして、体育館に置いてあるピアノを破壊して、「学年発表会」を中止にさせる計画を企てた。俺はまずピアノの弱点について知るために図書館でピアノについて調べ、水分が弱点である事を知った。なら水をかけるだけの事だが、上手く行くか半信半疑だった。そして発表会当日の朝早くに登校した俺は、体育館のピアノの中に、持ってきた五百ミリリットルのペットボトルに満杯の水をぶちまけた。そして「ドラゴンが破壊した」というふざけたメモ紙を置いて、教室に戻った。ピアノが壊れた事はピアノの調整をしていた音楽の教師から、すぐに校長先生と全教員と生徒達に伝わり、発表会の中止が発表された。その後俺はピアノを壊した犯人だと名乗り出て、先生達と永久と桃枝から物凄い激怒をくらった。

「あんた・・・派手なことしたのね。」

 セレナは驚きながら呆れている。

「まあな、それで俺はこのピアノに指一本触れないと誓約されたが、まあピアノには興味ないから別にどうでもいいことだ。」

「ねえねえ、山の中から生還した話を聞かせて。」

「え!?あの時の事か?」

「あ、それ聞きたいと思っていたんだ!!」

 ここでは英雄扱いの俺、俺はただ一人で生きていたのにいつの間にか目立っていた。小中学生が俺に輝く目を向ける中、セレナはそっぽを向けつつも目玉は俺の方を向けた。俺は何だか無視できなくなり、俺の最大の過去を語ることにした。













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