「追跡失敗」
……………‼
嫌な予感を突発的に感じた俺は、勢いよくふすまを開けた。
「……い…いないっ?」
『田畠さーん? 田畠さーん!』
垂れ下がる受話器からは、微かに聞こえる若い警察官の声。
俺は、部屋の中から発せられる唯一の音に導かれて入っていく。
「………」
『田畠さーん!? 大丈夫ですか? もしもし!』
«!…………上だ!»
…ゴッ!!
まず視界いっぱいには、おじいさんの白髪があった。
「うわあああああっ!?!?!!!」
不意に受け止めざるを得えなかった重圧に、ぬらりとした感触があることに気付く。
«……違うッ、さっきの雰囲気は…後ろにいるぞ!!»
なんだって。
身体を翻すと、一瞬、視界に黒い影が映った。……
「…『
その言葉は、俺の心のエンジンに火を点ける合図。
だっ、とおじいさんを寝かせると同時に床板を蹴り飛ばし、駆け出す。
手には、既に一振りの短刀を握っている。
«逃げやがった。すっげェ早いぞ»
「ああ…俺にも分かる!」
空気を伝って肌が感じる衝撃は、何者かが室内の家具をパルクールがごとく走り抜けている情景を捉えていた。…まったく、人の家を何だと思っているのか。
«…わかった。このエネルギーは、『リグレッター』だな»
パリィーン!!
聞こえてくる遠い音。
…どうやら脱出したようである。
とにかく、追いかけなくては。
「リグレッターだって? …それは強いのか?」
«ああ、オレでは比にならねェ»
「戦って勝てる相手なのか?」
«オマエか向こう、ユーザーによる。だがまず勝てないだろうな»
「そうかよ…」
«オイ…なんで追ってんだ? 勝ち目はねぇって…»
「うっせぇ!…なこと聞くなよな…そりゃあよ…勝てるからに決まってんだろ‼」
***
きちんと靴を履き終える間も無く外へ出る。
「っ……どっちに行ったか、わかるか!!?」
«電柱を伝ってそこの家の屋根へ上った。後伝いに走っていったんじゃないか»
「…はあ!? どういう身体能力してんだよ!?」
«だから言ってンだろ、ヒトじゃねェんだ。…まず同じルートでは追えない、オレが雰囲気の場所から道を指示するから、オマエはそれに従って走れ!!»
「…おおっしゃあっ!!」
両の手のひらを縦に振って走り出す!
«まずは左だ»
「あいがった!」
全力で地面を、たくさん蹴る。
«…前から思ってたんだが、その「あいがった」って何なンだ?»
「……「わかった」と「I got 」の合体形だ」
«なるほど、そこで右だ。……いやオマエ、もうちょっと早く走れないのか?»
「何言ってんだ、これが全速力だよ…!」
«いいからもっと速く走れ! アイツはかなりの早さで移動してる上にこっちは遠回りで追いかけてるんだぞ。オレが感知できる範囲もせいぜい半径200メートル、そこより遠くに逃げられたらもう追いつけない»
「いや、これが限界なんだって! これ以上は無理だ!」
«そこはあいがれよな!»
「あいがれって何だよ…」
«「わかれ」と「I got」の合体形だ»
「なるほど…いや原型無くなってきてないか!?」
「分かれ」なのか「別れ」なのかもわからないじゃないか。
そこは気前よく「あいがった」とは言い切れない。
«……いいから急げ! もっと早くだッ!»
「…くっっそおおおお!!!」
たたたたたたたたっ!!!
視界の端をすり抜けていく街灯は俺に疲れを感じさせない。
暗闇の中の眩しさを辿って、できるだけ早く、早く、早く…走っていく。
***
しかし、いくら対抗心を燃やしていたところで、体力は無限ではない。
早さではなく、いよいよ体力の方が限界を迎えようとしていた時だった。
«……! オイ、ヤツがこっちの追跡に気付いたようだ»
「なに!?」
急ブレーキに転びそうになる。
«コッチに向かって来てやがる。…それまに息を整えられるか。戦闘準備だ»
「わ…わかった…。 ハァ、ハァ…」
クソ、こっちは血の味がするくらいには息切れてんのに…
まずいことになった。
«来た! 手前の家の上に居やがるぞ»
「ハァっ…ハァ…!」
確か…そこに、人の気配を感じる。
「去る者は追わず来る者は拒まず…、一応は私は去るところだったんですが、追ってくるのならば、拒むつもりはありませんよ。…何の用ですかね? お兄さん」
街灯は近くに無い。…その姿は見えないが、聞き覚えのない高い声…
犯人は、少女なのがわかった。
「…っ…お前は何者だ!? なぜおじいさんを殺したんだ!!」
「人に名前を聞くときは、まず自分から名乗るものですよ」
「俺は…
「…いかんせん、普段の立場上、私は名前を隠して行っているのですが…しかし、不可思議事象を、ですか。…それはまた、面倒くさい雑用をやっているものですねぇ」
「質問に答えてくれるか!?」
「はいはい、…なんでしたっけ? なぜ田畠槙蔵を殺したか、ですか。…ようは粛清ですよ。彼はしてはいけないことを行ったから、なるべき姿へ変わり果てたんです」
「……そうか、…そういうのを、正義の暴走っていうんだぜ」
「ははははは! 笑わせないでくださいよ。…私はね。別に自分の判断で制裁を行っているわけではないんですよ。私は大きな意思の、末端に過ぎません。…私は、確実に正しい事を行っている! 暴走ではなく、むしろそれを鎮静化しているんですよ」
「じゃあ、もう一回聞くぞ。お前は……何者なんだ」
「…うーん、『死神』です、とだけ言っておきましょうか」
「し、死神だって…!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます