「シックス・イン・ザ・イヴニング」
……………@
県立草薙高校。神岡という小さな街の外れにある、唯一の高校。
わたし達は、そこを目指して歩みを固めていた。
街の中心地からは離れており、平均通学時間はおよそ一時間。ひとつ山を越えて行かなければならない。いちおう街一周の路線バスは通っているが、今利用できるとは思えないし、普段からわたしは利用していない。したがって、当然、徒歩となる。
しかし、疲れなど感じている暇はなかった。会わなくてはならない。彼女に。
…ナミちゃんに。
「それにしても、本当にいるんですかねー」
「いるといいけどねぇ」
軽いなあノリが。
「…彼女をどんな風に説得しようとか、もう考えてます?」
「あ…いや、…考えてるよ」
「そうですか。…ああいえ、教えてくれなくていんですけど。私としては結果重視なので、彼女を説得さえして頂ければいいんです」
「……そっかぁ」
根拠の無い期待…、ただ、ナミちゃんと対話が出来るのがわたしだけで、彼女に会わせられるのは繋ちゃんだけ。やむを得ないのだから、気張らなくては。
「ま、極力私は邪魔をしないようにしますので。これからはあなたの独壇場ですよ」
「おっけー大丈夫。任せといて。ナミちゃんとはいつも話してたから!」
自分で言うのもなんだけれど、大した自信だなあ。
直前、そんな話もしながらであったが、草薙高校の校門を過ぎた。到着である。
…相変わらず、この情景の中、
「……で! どこに行きます?」
「考えられるのは、体育館、グラウンド、部室、
……あとは、わたし達の、二年二組の教室」
…選択肢を出すまでもなかったかもしれない。
「…どこに行くんです? 私、あんまり来ないのでここの事は知らないんですが」
「じゃあ、まずダメでもともと体育館に行こうか」
「時間がないので一番アテがある方を優先して頂けますか」
「りょうかい」
…それなら、考える時間もいらない。
―――――――――――――――――――—―――――――――――
対話と言って、何を話すか。わたしがナミちゃんに伝えたいことは、何か。
さしてシンキングタイムは用意されていなかったものの、いざ顔を合わせてみれば言葉は出るものだと思っていた。…だから、大して考えてはいなかった。
最初に掛ける言葉でも、しっかり考えておけば、と、
心から後悔することになるとは、街を歩いている時点では考えもしなかっただろう。
階段を上り、二階へと。
一組の教室を過ぎると、顔を覗かせた。
「……!」
「……。」
教卓だろうか、小黒板だろうか、…否、既にわたし達の来訪を予想していたのであろう陸酉華眉は、わたしの席に座り、
分かりきったようにこちらを炯々と見つめていた。
「な…ナミちゃん、あのさ」
「伏せて!!」
甲高い叫び声と、ほぼ同時。
おそらく、わたしの後頭部より一センチの隙間もなく横切ったそれは、
容赦なく背後の窓を割った。
「…出来るだけの忠告はしたつもりだったけど…あんたにそれは届かなかったのかな」
ただひねくれるような、ただ泣きそうな、…それ以外は聞き馴れた声。
「…っ理由だけでも教えてくれないかな!? どうしてこんなナミちゃ…」
「うっさい!!」
めきめきと天井を割って、私をめがけて叩き潰さんとする。しかし、
不自然な横移動に勢いをつけて吹き飛ばされ、手脚もそれに付いてくる。
三組、…隣のクラスの手前で、わたしは床とぶつかった。
繋ちゃんがいてくれなければどうなっていたことか。
「対話は難しそうですよ。…あたしという邪魔者がいるせいかもしれませんが」
滅相もない。
「でも、ここで説得しなくちゃここまで来た意味が…」
「私は説得される気はないわね、…あんたには。何も話すことはないわ」
つかつかと、…二年二組の教室を出てきながら、ナミちゃんは言う。
「ここはあんたが来ていい"層"じゃない。そこの死神に何を唆されたか知らないけど、私の前に立つのなら、私はあんたの命を終わらせる。…さもなければ尻尾を巻いて逃げ帰りなさい」
「決定権はあなたに委ねます、寄垣さん。どうします? 強情を張って己を危険にさらすか、それとも引くか。あたしはどちらでもいいんですが」
逃げるのは嫌だ…。でも、死にたくはない。
…向き合って。
「……ナミちゃん、わたしには、何も教えてくれないの? 一人で背負わなくてもいいんだよ? 何がしたいのか教えてくれれば、協力ができるかもしれない」
わたしはもう、不可思議事象を知っているから。…既に。
巻かれるものには、巻かれているから。だから…。
「違うわね…琴梨!何も違うし分かってない。あんたはむしろ私から遠ざかっていってる…あんたは、私に協力なんて出来ない。…だから‼」
「陸酉と対話をしている余裕はありません、寄垣さん、逃げる選択を‼」
「わかった!逃げよう繋ちゃん!」
そう叫ぶと、繋ちゃんに平手打ちのように、顔面から押し飛ばされる。
同時に意識は遠のいていく。視界が
まだ諦められない‼せめて今のうちに、最後に…!
「私はここに残って陸酉と闘います。あなたは一足先に元の世界へ戻っていて下さい」
「えっ?」
と、返す間もなく。
…正直言って、考える時間。…というのは、必要だったようだ。
考えなしを実感する。要らない訳がない。…これが、慢心の結果。
目的は果たせず、死にもせず…。チャンスはまだあると考えて良いのだろうか。
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