「ファイ・ブイ・シャープネス」

……………‼


 あれから。琴梨ちゃんを発見してから、どれだけ時間が経ったかと言うと、それはあんまり経っていない。気を失っていた琴梨ちゃんに対して、当然医療技術や応急処置なんてのは通用しない。相手はきっと不可思議だ。不可思議には不可思議の特効薬。この場合、そう、リラスターこと御咲ちゃんである。



 ともすると、ただの人間、ただの男子高校生には、どうも先輩として格好付ける余地はないようで、足を引っ張っただけの一日かと言ったところだが、…そう。たった今、道中。ハサミなりの鋭さを見せつけてやるには、相応しい相手が現れた。


「俺も、…こんなことはしたくないんですがね、鋏先輩。どうも昨今、街は大きく動いている。あなたがご存知かどうかは知った事じゃないですが」


「いいや、十分知ってるよ。身に染みてるぜ。…だからこそ、できればどいて欲しいんだが」


「はっ——…できませんね」


眼鏡をクイと上げる。…上げるというのも、正しい位置に中指でずれを直したのではない。…額のところまで押し上げる。それが、彼、…塑斗河そとかわ眞嶋ましまなりの戦闘態勢だった。


「————!」


 その気になれば早かった。いまやその存在が妖怪である彼の、面目躍如であるが如く。爆発的速度で接近、抜刀、……打ち刀で斬りかかってくる。

 瞬間的に感じ取り、身を捩ってかわすが、すぐに次が来る。そうなると、俺の身体能力では躱しきることができない。


「群遊肆刀‼」


余裕なんて無かった。舐めた戦いはできず、すぐに武器を構える。といって、現在キャンノの金属は少ない。二割近くが別の形になって、別の場所へ常備されている。出来上がるのはせいぜい短刀、刃渡り一尺の小さなものだった。


 ガキン‼ と金属がぶつかり合う。二撃目は防いだ。

 さてここで怖いのは次の三撃目である。このまま受け続けることは出来ない。形勢を立て直すため、一旦距離をとる必要があった。地面を全力で蹴る。


「…っ…らァ‼」


変移質で浮かせた金属を蹴ってさらに飛び上がる。事実上の二段ジャンプをするさなか、胸ポケットに挟まっていたクリップを複数空中からぶん投げる。


「はッ…相変わらず小癪なァ‼」


「そういう言葉は先輩に使うもんじゃないぜ!」


 脚力、脚力、プラス脚力。金属を連続で蹴って、もはや制御できるのかという限界のスピードを出す。そのエネルギーに任せて一太刀。タイミングに気を払って横薙ぎに斬りかかった。——その直前。俺の投げたクリップは、一寸あまりの釘へと姿を変え、勢いはそのままに塑斗河へと降り注ぐ。当然弾かねばならない。…そして出来上がるのは一瞬以上の隙だ。そこへ力を全振りした攻撃を叩きこむ‼


「……ぬぅぅァッ‼」


「…なっ」


さすがは元主将、塑斗河眞嶋。なんと、防ぐものだと驕っていた弾幕を両腕で受け、そして次の攻撃をも八双の構えで受けたのだ。

またもや耳に残るほどの大きな金属音が響く。今度は逆だった。


「どぅあァッ!」


 …その攻防戦は続いた。全力を込めた一撃をすんでの所で受け止め、また立場が変わってを繰り返し、どちらのスタミナが底を尽きるかという持久戦だ。

ホント言うと、既に俺はガタが来ている。明日の筋肉痛は確実。力負けするのなら、心理戦を制するしかない。


「…ははは、ウルトラマンみたいな声出しちゃってさ。そういやお前んとこのおかんが呼んでたぜ、行かなくていいのかい」


「黙れ!」


またもや両手が痺れる。これじゃダメだな。ただ煽っているだけじゃないか。


「先輩——あなたは本当に単純なやつだな‼…化け物が出たならばそれを倒すだけ!それだけでいいと思っているのか⁉」


「っ…当たり前だ! ”元”を断つのは今は無理だ…それなら今できるなりの対処をするしかない」


「多少の犠牲はやむを得ん! 個々の不可思議を斬った所ではキリがない! そんなことも分からないのか‼」


「当然わかるぜ!…だがな、この街の人を、たった一人でも死なせたくはない‼ たった一人の涙でも、見過ごすわけにはいかねぇ!」


「はっ!——それで一つの事象を消すごとに、何が起こっているかも知らずに‼」


「何が起こっていようと構わねぇよ、…構えねぇよ‼…俺は皆を死なせないために、自分を死なせないために、目の前の不可思議を斬る‼」


「——わからずやがッ‼」


 これ以上は、何の意味もなさないのではないか。意志疎通は難しいようだ。互いの怒りが、疲れが、一つ一つの技を鈍らせていく。


「…もう、やめようぜ、眞嶋。…いい加減、根を上げてくれてもいいんじゃないか」


息も絶え絶え、最後のチャンスにそう持ち掛けた。


「……はっ、いいでしょう…。互いに手負いですらないとはいえ、充分俺の目的は達成出来たと言える」


「——!」


チャ、…と、元の位置に眼鏡を戻すと、未だ戦闘態勢の俺にいきなり背を向けた。

 充分目的は達成…だと。嫌な予感がしてきた。


「それでは。…ご縁があれば、またお相手をお願いします」


「———————ちょっ、…待て‼」


走るでもなく、歩くでなく。しかし、根を上げろとした割に、追いかけようとした俺よりは早く。いつのまにか、塑斗河は去っていた。


 神出鬼没。…今はもう不可思議事象の味方であるということ、しかしその内では確かに、平穏を取り戻すことを望んでいること。されど俺達を邪魔立てし、陸酉華眉の肩を持っているのであろうということ。


 彼の言う通り、俺は単純なのかもしれない。…しかし、この単純さ、言い換えれば安直さを、消し去るつもりはない。それが俺の理念なのだろうし、きっと師匠も同じことを言う。…少なくとも、今の塑斗河に協力したくはない。


陸酉華眉を止めることが、今の俺達のゴールだ。

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