「ダイ・フォー・ユー」
……………@
鬱蒼とした雰囲気。赤い空。…人っ子一人いない街で、わたし達は歩いていた。
「それで、どこにいるの?……ナミちゃんは」
「…さすがのあたしでも、そこまでの場所はわかりませんよ。ただ、不可思議事象の本来の居場所はここなんです…そうとしか。」
わたしが今居るのは、神岡。たしかに、神岡町だった。
ただし、禍々しい空と、一切合切
「…死者の世界、ってとこ?」
「……ええ。」
含みがある。違うのかな。
「…いちおう今のうちに忠告しておきますけど、このあたりで食べ物を見つけても、食べないようにしてくださいね」
「そんな拾い食いをする趣味はわたしにはないけど…
「…そうです。教養がありますね」
「……どうも」
まあ、冥界的な異世界であることには間違いが無いのかな?
…そんなことを話しながら歩いていると、繋ちゃんは、いきなり飛び上がった。
「!?」
そのまま一度は掴んでみたい、電柱の側面にある梯子のような棒に手を掛ける。 わたしはアスファルトの上に置き去りなのだけれど。
「ちょっと、近くにいるみたいですね」
「ナミちゃんが!?」
「いえ、不可思議が」
不可思議事象の世界なのだから、むしろもっとうじゃうじゃいてもおかしくないと思っていたものなのだが、いないわけではないのか。…じゃない、それよりも。
「ど…どうするの!?」
「ちょっと待ってて下さいね。倒します」
「たっ…」
「倒す!?」…そう言わんとした刹那、路地の向こうから、大きな鶏の翼と頭に、蛇の尻尾、筋肉質な豚の胴体という化け物が飛び出してきた。そう、まさに「飛び出してきた」という表現がふさわしい。そして一瞬として間を置かず、その翼で飛び上がり、電柱に寄りかかる繋ちゃんに突進を仕掛けた。
「繋ちゃん‼」
本能的にそう叫ぶより早いか、繋ちゃんは電柱を離れ、わたしの視界の八割は、真っ黒になる。
「
繋ちゃんの左手から溢れだした無数の黒い針は、化け物を突き指す。化け物はもがき、逃れようとするが、図体が大きすぎるのか。隣接する家屋にぶつかり合うだけだった。やめてくれと懇願してもし尽せないほどの地響きが蚊帳の外のわたしを襲う。
「うーむ」
繋ちゃんはやたら大きな声でそう唸ると、大きくバックステップをかまし、今度は右手から、黒いものを出す。西洋のものと思われる、両刃の剣だった。当然のように、刃までも真っ黒な。
さてそれを使って斬りかからんとするが、瞬間、化け物はやっと逃れ、自由を取り戻すと、繋ちゃんではなくわたしにターゲットを向けた様だった。
「っ!」
心臓が詰まりそうになる。
「あららーっ」
繋ちゃんはそれでも余裕っぽい声を上げていた。
動揺のあまりしゃがみ込んでいると、轟々という音がする。どんな音かって?
…ようするに、うるさいのです。
繋ちゃんの軽快な足音と、その息遣い、物と物がぶつかり合う音、が続くと、ほどなくしてシュウッ、という気の抜けた音と供に喧騒が収まる。顔を上げてみると、
「大丈夫ですか? ちょっと、怖かったかも」
「……そうだね…」
何事も無かったかのように、元の異世界があった。結構高位な、強い不可思議だったんじゃないだろうか。風格というか。…わりとあっけなかったけれど。
「不可思議とはそういうものなんですよ」
「え?」
「不可思議の世界だからと言って、常に、いっぱいいる訳では無い。出逢い易い時間が、永久に続いているだけです。人間あってこその不可思議ですから、人間の意識がなければ不可思議も実体としてこちらを襲ったりはしません」
「…よくわかんないけど、しばらくは安全ってこと?」
「…まあ、安全ではないです。逢う条件のある人しか逢わないけど、逢う条件があるので」
「……?」
「まあ、わかんなくていいですよ」
…わかる時は、来るのだろうか。
……………。
「たしかに…わからなくて、いいかもね」
「え? ええ、わからなくっても…」
「…わかれる間も、ないかもしれないから」
繋ちゃんは意表を突かれたようにしばらく黙り込むと、
「……そうかもしれないですけど、…あくまで理想論ですが。あたしとしては、あったほうがいいですね」
「………。」
時間が止まればいいのにと思う。何も変わらなければいいのにと思う。捜しているなら捜したまま、見つかることなく捜し続けていた方がいいのにと思う。
「……草薙高校に行ってみましょうか。可能性を潰しに」
「…いいよ。行こうか」
しかし、変えなければいけない。
我儘も言っていられない。…そうなのだ。
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