「シザース・オブ・ザ・ダール」

……………‼


「…群遊肆刀」


 さて、俺はこう唱えたことによって、力を引き出した。———変移質リディキュラシー。非常時に対応すべく、制服のあちらこちらに細分化して収納していたそれぞれのクリップたちは、突如としてどろどろに溶け出し、俺の意志によって制服の征服より免れた。


 こうしたところで俺が何をするのかというと、コイツを、この場に応じた使い方をしようとしていた。というのもなんだ、…一言でいって、である。つまり、町中のあらゆる建物を索敵、その中から怪しく思えるものを見つけ出そうという魂胆。

 ただ、ここで注意しておきたいのは、ノティサーと呼ばれる特別な感受性が際だって向上するのであって、肌などの触覚はというと別に大して変わらないということだ。感度3000倍とか言わないでくれ。

 具体的には、キャンノをドローン状にして街へと飛ばすのだ。今の時代、結構進んでることしてるぜ、俺達。


「…調子はどうだ」


 ほどなくして投げかけられた齋兜からのハウアーユーに答えるころ、しかして当の俺はというと、なんと、衝撃的な事実に気が付いてしまっていた。発見できたか出来なかったか、その答えはまさしく発見できた。だが、安心できる点がどこにも見当たらないのだ。


 空気がピリつく。


「………。」


「見つからないの?」


「いいや、御咲ちゃん。…その逆だ。ちょっと……やばいかもな」


「…。」


 やばかった。なぜなら、俺のドローン(仮)が勘づかれた、そんな気がしたからだ。

 …いや、直感だ。確信ではない。…しかし、明確な敵意を向けられたような悪寒が走る。それと同時に、明らかな二人の人間のシルエットが俺の脳裏に焼き付いたのだから、そりゃあもう、確信でいいのかもしれない。


「……こっちだ…!」


 説明する間もなく、俺は駆けだした。なんで説明する間がなかったって、それはもう、説明が出来るほど、時間の余裕がなかったからである。


 俺が索敵し、おそらく琴梨ちゃんがいるのであろうという推測に至ったのは、街の外れにある、小型のアパートだった。…なにも野外に監禁することもないだろう。当然、屋内だった。

 ただ、今俺が見つけて、どれだけ急いで走ったところで、はたして間に合うのだろうか、自信がなかった。何故って、二人のシルエットを感じた時、もう片方、琴梨ちゃんと思われるシルエットは、明らかに横になっていたからだ。

 気を失っている。、というのも考えられるかもしれない。だから立ち止まることなどできない。…そうして俺達はそのアパートに到着し、おそらくここだと思われる一室の、玄関先へとたどり着いた。


「といって、どうしようか…。多分鍵は掛かってるよなぁ…」


「…迂闊に音でも立てようものなら、…奴の挙動だ、窓からでもなんでも逃げられてしまうだろうな」


「…佳狛木かこまぎ


「…え?」


 全く脈絡などないのだが、御咲ちゃんはそう言った。

佳狛木。かこまぎ、で合っているのかは分からないが、部屋の表札にはそのように書いてあった。それが殺人鬼の名前だろうか。別に、実際の住居とも限らないが、今後顔を合わせることがなければ、仮に「佳狛木」と呼ぶことになるだろう。できればそうしたくないところだが。


「………もう少しお前は観察をした方が良いんじゃないか。…見ろ」


「……『寄垣』!?」


齋兜が指さした佳狛木の部屋のお隣さんには、そう書かれていた。あのコミュニケーション能力だ、お隣さんとはそれなりの親交を深めているに違いない。


「つまり、殺人鬼と寄垣琴梨は元より顔見知りだった」


「そういうことになるのか…!?」


「それで、どうやって入るのよ。インターホンでも押してみる?」


「多分そんなことしたら、誰にも理解できない時間が訪れることになるぞ…」


そんな方法を取るくらいなら、蹴破ったほうがいくらか現実的だ。


「せいっ!」


「おい」


あれれ。扉って蹴れば壊れるんじゃないのか。

 あにはからんや。向こう側からはドタバタと走り回る音が聞こえてくる。逃げられてしまうぞ。


「えいや」


焦っている怪和崎くんは蚊帳の外。御咲ちゃんは一歩前に出て俺と同じく蹴りを放った。…その体躯のどこからそんな威力が、扉は御咲ちゃんの右脚に吹き飛ばされて部屋の中へと飛んで行った。……えぇ…。


「……。」


なんで齋兜はノーリアクションなんだよ、ほんとに。…とも言っている間に、御咲ちゃんはせっせと扉を追いかけて部屋の中へ。それを追って俺達も、さっきまで扉があったはずの枠を跨ぐ。


 …うむ。するとなんだ。ちと強引ではあるが、部屋の中。つまり…殺人鬼、佳狛木の部屋への侵入に成功したわけだが、2LDKのやや広い居間へと入っていくと、寄垣琴梨ちゃんは、確かに居た。しかし、意識を無くして倒れていたのである。


「ここから逃げたか」


齋兜は小走りで琴梨ちゃんをスルーし、窓のむこうのベランダの下へと顔をのぞかせる。


「おい…」


「飛び降りたわけでもなさそうだな。すると…」


…飛んだのか?…いや、まてまて。


「琴梨ちゃん!大丈夫か⁉」


まずは安全確認だ。軽く肩を叩いてやる。


「……。」


「…え?…いや、ちょっと待てよ」


「……。」


 …俺は今まで、安全確認とは、安全を確認する行為であって、そこで異常が発生することなどないものだと思っていた。「…ああ、よかった」と言う準備がもう出来ていたのだ。「これからはちゃんと一声かけてから行動してくれよ」と咎める用意を完了していた。


「……俺のせいだよな」



三人は、何も言わなかった。言う事がなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る