第六話「質疑応答」

「この街に私は閉じ込められている」

……………σ(^_^)


 私が世に言う「アイデンティテイーの拡散」の状態になったのは、一度だけだった。それ以上に思いつめることは無く、そのため、それだけで充分だったのだ。ただ、一度だけ。自分について考える時間が、必要だった。


 いかにも私は、刀鍛冶・裟神さがみ天国あまくにの家系の一人娘、裟神粮香りょうかである。しかし、出雲に本家を構える裟神流に対し、私が住むのは陰家、神岡。人に乏しい、監獄のような街。私がここに住むことで、父は私を危機から避けさせた。


 そしてその父は、六年前、姿を消した。消息もわからない。幼い時から顔を合わせる機会は少なかったものの、それからは二度と父の顔を見ていない。原因はおろか理屈や感情など、娘である私に届くことは無かった。それが私には分かった。私はきっと裟神流からは隔離されているのだ。一線を引かれているのだ。ほかならぬ父によって。


 ただ分からなかった。父の思いや、彼に教えを乞う大人達、そして祖父の考えは分かっていたのに、。父のような優秀な、伝統的な血を持ってして評価される理屈に納得がいかなかったのである。

 この血があるから。私の父が裟神熾刃人しばとだから私のような娘ですら輝いているように見えてしまうだけなのだと思っていた。


 しかしそれも違うとすぐに分かった。彼らの期待に沿えない事で、刀鍛冶となる未来はないことなど無いのである。彼は父だ。娘である私に健やかなる未来を託そうとしている筈である。やも言われぬ事情があるのだろう。私をなんとか裟神の道から遠ざけようとしているのだろう。


 しかしそれを無下にすることを私は厭わない。厭う必要はない。


 自分の個性、そして生き方はほかならぬ自分が決めることだ。踏み越えるのは自分自身ただ一人である。そこには達観した感性など必要ない。天才が秀才になる必要はない。多数の自意識が社会を作るのだから、意志を持つことを恐れてはならない。


 いずれ私はこの街を出て、父に会う。そして彼の意志を継ぐ。

そのために斥納罹刻氏、師匠の助力が必要だった。

踏みにじり、既に一線など、どこにあったか分からない。



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