「違和感」

……………。


 先だって俺は、寄垣琴梨に師匠の居場所を紹介し、リラスターには一人で神社へ向かうように指示を出した。そして、自分自身の目的を達成した後、水光みずみ神社へ足を向けた。そして、道場へ到着しようとした時、目新しい女子の背中があった。


「…え、琴梨ちゃん⁉ どうして君がこの場所を知ってるんだ!?」


「えっと、クラスメートの藤岡君っていう人に、この場所を教えてもらって…」


「あー…そうか。それは、仕方がないな…」


「…やっぱり来ない方がよかったですか?」


「あ、いや、そんなことはないよ、ごめん。…どうぞ? 入ってくれ」


「ど、どうも」


 俺は、道場の中にはひとまず近づかず、裏に回った。

おかしいと直感した。俺がこの場所を寄垣に教えたのは、例の不可思議事象、そしてリラスターと遭遇する前だ。つまり、俺が寄垣と会話を交わしてから事象と遭遇、その後財布を取りに行き、さらに買い物までしてきているというのに、そのあとここに出向いた俺と、彼女がほぼ同時に到着するのは


 いったいこいつはこんな時間まで何をしていたのか。さすがに予想では説明のつかない、一時間近くも、何か明確な目的地もなく歩き回れるはずがないという反論も立ち上げうる。そこで俺は寄垣が何か、『陸酉華眉を捜す』という単純な目的以外にも、一時間以上間を持たせるほどの用事があったのではないか、と疑った。


 だから裏に回り、彼女が怪和崎と、師匠と話しているのを聞いて、客観的に推理、そしてボロが出るのを待つことにした。耳を傾ける。


「おお、呼んでもないのに小娘風情が…、面を合わせるは初めてだね」


「———え…はい、どうも…お初にお目にかかります」


 返されるのは、明らかに怯えたような様子の声。


「師匠、からかうのは…」


「…あっはは、ごめんね。本当に、ちょっとからかっただけさ……。

うぇーい! 初めまして、寄垣琴梨さん。一応話は聞いているよ。でも来るなら来るで、一言教えて欲しかったかなあ」


 …つまらん。


「…藤岡君あたりから、聞いていると思っていたんですけれど」


「ああ、聞いているよ、怪談こっち側に足を突っ込みそうな人間としてね…。

でも、わざわざここまで直接来てくれるとは、さ」


 …随分、寄垣を歓迎しているようである。


「まあ、それはすいませんでした…。けど、ここに来たのはしっかり用事があってきたんです」


「へー」


「わたし、人捜しをしているんです」


ピロロロロロロロロロロロロロロロロロロ————————————————。



 ……そう寄垣が切り出したかと思うと、怪和崎の電話が鳴った。


「—————ああ、そうか、ご苦労さん。じゃ。

 …琴梨ちゃん、ごめんな。粮香の方、動物型の退治、済んだそうです」


「そっか。それはご苦労様、だ」


「あの…それで……」


「ああ、寄垣さん。君さぁ、よかったらおっさんの弟子に入らない?」


「え?」


 こいつ、見事に話を逸らしたぞ。

 さすがにわざとらしすぎるんじゃないのか?

 寄垣ではなく怪和崎の方が、驚きのあまり声を上げている。


「ええっと、…弟子? …………っていうと」


「ああ、改めましてね。申し遅れました。

…おっさんの名前は斥納せきのう罹刻りとき。 

剣術師にして陰陽師をしている。優雅なる武術にて悪鬼を払うタイプの、まあ自分で言うのもなんだが、物騒な方面のオカルト屋だ。そしてここは、このおれの道場。

この土地、神主さんがおれの深い友人だもんで、神社の神楽殿を改修して道場として使わせてもらっているんだ。……まあだからつまり、俺に武術を教わらないかいということだ。勧誘だよ。君は近頃都市伝説だとか、怪異の類に足を踏み入れるつもりだね? その前に、保険を張らないかってことだよ。弟子になって、そういう類のものの、祓い方でも覚えといた方がいいんじゃないかなーって、さ」


 急にお喋りになりやがるな。


「な、なるほど」


「ちょうどその為の大事なも、齋兜が使えるようになったところだ。君にも————」


「————…む」


 師匠の言及で思い出す。あきれ返る事に、寄垣琴梨をどうこう気にしている場合にも、ひとつ、忘れていることに気が付いた。…目の前しか見えないというか、いかんせん、直前に言ったことでさえ、忘れがちな面があるようだ。

 徒花御咲。寄垣琴梨がここに到着するのが遅すぎるという違和感以前に、あれに対してここに向かうよう指示を出したにも関わらず、顔を合わせていないということに気付くべきだった。……。


「…なあ、なんか今、物音しなかったか?」


「多分気のせいだよ。気にするな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る