「マイライ・ディストラクション」

………………@


 どうやら、「その不可思議事象」の被害が出てから、民間の間で行方不明、もしくは逝去した人たちの中から導き出しているということらしい。


 なかでも、不可思議事象が「発生」しているか、それとも元々いたものが人間の中に紛れているかでは若干のタイムラグがあるらしく、被害が出る以前に不可思議が「発生」しているか、それとも被害が出る直前に元々不可思議だったものが本来の姿に戻っているか、と、その動きから推測できるのだと言う。


 そしてこの場合、今回の場合、超常的被害より直前、つまりナミちゃんが消息を断って間近にその被害の報告がされたことから、自然と容疑者は草薙高校の陸酉華眉に絞られるわけである。なるほど、ポピュラーな戦法だ。


 …するとしかし、タイムラグが発生する原因として推測できる、「亡くなってから不可思議に『なる』までの時間」がナミちゃんには無いことを考えると、そこから導き出される深層の真相は、想像に難くなかった。


「その、……つまり、ナミちゃんは、不可思議事象に『なった』のではなく、…元々不可思議事象として…、」


「この世に生まれ落ちた。そう!大正解。うんうん、君ぃ、やっぱりなかなか見込みがあるよ。退治の本番では身体能力が物を言うようになってくるが、オカルトを本職にするには向いてるよ。ちょ~っとヒントをあげただけで、自分のお友達ですら疑って、正しい結論を導き出すなんて、さ」


 ………この人は…わたしの気も知らず…。随分そちらの都合だけで好き勝手言ってくれる…。いや、嘘はつかない。この人に弟子入りして、ナミちゃんをこの手で落ち着け、そのままわたしに出来ることをしながら人助けをしていくつもりだ。それは変わらない。だが、さすがにこれには寄垣琴梨もご立腹である。そこまで悪意をこめて話されると、こちらとしても頂けない。

 ただ、今後の関係を考えると、ここで思ったことを言うというのも気が引ける。


「ナミちゃんの真相について、…お師匠さん、随分肯定的ですけれど…わたしは、とてもショックなんですけど、分かってます?」


やんわりと。


「分かってるよ。ショックなのかい。うん。よくわかってるよ。…でもね、寄垣さん。おっさんは人が嘘をついている所を見るのは、物凄く嫌いなんだぜ?」


「嘘?いや、そこまでは……」


言うことないでしょう。


「今の場合はね、…君は嘘を受け入れた。真実を受け入れて、嘘を捨てた。

そこは評価できる。おれ自身の嘘に対する価値基準もあるんだけどさ。嘘をついた人っていうのは、強制的に、絶対的に、それは弱者になる。よわみになるからね。

それだけで。………自分が見た光景を、それを受け入れず、見ていないと—————もしくは、見ていないものを見ていると、そう、嘘をつく。それは、食べ物を食べたのに食べていないと嘘をつくそれとはまったく違い、可愛い喧嘩の発端のそれとはまた違い……オカルト的な観点から見ても、その嘘つきは弱者となる。

若干信仰の薄いキリスト教の信者なんかと同じさね。天の神様なんていないと、うすうす分かっているけれど、居ないと思っているとしても、信じ続ける。ではどうして信じ続けるんだろうか? 神によって、キリスト教の教えによって、正しい方向に導かれたことで成功する事が出来たからだろうか? そうじゃない場合は? 理由もないのに信じ続けるのかい? 

……そしたら、…そんなことをしたら、ほんとは信じちゃいないのに、カタチだけ信者であり続けたら……それって、嘘つき、だろ? 嘘をいて、いるだろう?」


 悪意のある物言いはともかく、…意外にも理にかなっているその主張に、すっかり説得されつつもあった。嘘つきは弱い、か。

 この話に沿って言えば、わたしはナミちゃんの現状を受け入れず、まだ大丈夫、まだ大丈夫、大丈夫じゃなくても大丈夫なんだと嘘をついていた。自分に。


 そしてそれを、斥納さんの指摘からもとに暴いた。自分で自分についていた嘘を暴いた。ナミちゃんは元々化け物で、それが人間の姿になってわたし達の高校に馴染みきっていたことを。もっとも斥納さんは、それをわたしに自分から考えさせたようだ………じゃあ、


「じゃあ、嘘を暴いて、…陸酉華眉ちゃんが不可思議事象であることを暴いて、どうするんですか? そこからわたしは、何をすればいいんでしょうか? ナミちゃんへの、せめてしてあげられることは、なんなんでしょう」


「お、やっと聞いてくれたね。その質問を待っていたよ。ま、普段鋏とかにはそういうことは自分で考えてもらってるんだけど、君はしろうとの初心者だから、しばらくは教えてあげよう」


はいはい、どうせわたしは未熟者ですよ。

 

そして斥納さんは立ちあがる。


「三体だ」


「三体?」


「三体。本日付けで出た不可思議事象の数だ。君も鋏が除霊に向かうところを見たんじゃないのかい?…幸い優秀な弟子のおかげでいずれも除霊済みだけどさ。明らかに普通の町に出る化け物の数じゃない。我々がいなければ、この街の住民はとっくに全滅していることだろう。これはおっさんが危惧し、予想していた不可思議事象の猛威を、遥かに超えている。……これ、なんのせいだと思う?」


「…刀とやらのせいじゃないんですか?」


「んー、直接的にはそうなんだけどさぁ。 …今は、それを差し置いても異常なんだよ」


ただ不可思議刀の影響だけはない、尋常ない発生率なんだよと言う。……残念ながらピンと来る。


「……ナミちゃんでしょうか?」


「その通り。君のすべきことは、彼女を追いかけ続ける事だ。おっさん達のなかで最も彼女と親しい君が、彼女について知っている情報、…具体的には性格だとか、癖だとか目的とか、ひとまず君だけが持っているものを使って、鋏や齋兜と一緒に彼女を追うといい。直接やつらとの戦闘に巻き込むことは、まだ出来ないだろうが…まぁ力になることは出来るだろう」


……驚くほど予想通りの指示ではあるが、それでも師匠の指示は指示だ。さしあたっては、すぐそこにいる鋏先輩に同行して、手掛かりを追い続ける。もう部外者ではないのだ。先輩もわたしも情報の出し惜しみは出来ないだろう。


「はい。…わかりました」


かくしてわたしは、斥納さんに対する文句を嫌悪感を、加虐性を……誤魔化した。否、誤魔化さざるを得なかった。わたしはもう、一員だ。


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