「赤く錆びていた」

……………。


 引き抜かれたその真剣は、鞘とは全く違った色に、赤く、錆びていた。…しかしそんなこと、今では構った事じゃない。鞘から引き抜けて、刃で標的を切り裂ければ、何の問題も無いのだ。振り向けば、追って来ていたサラもどきは、俺がもたついていた事ですぐ後ろにまで迫ってきていた。タイミングは良好。


 錆びた刀を後ろに向かって振り下ろし…………否。振り上げるとき、自分がひっしと掴んでいるモノが視界に映ると、すでにそれは錆びてはいなかった。むしろ、この上なく研ぎ澄まされ、心がのみこまれるほどに輝く、長い長い金属のそれと化していた。気が付けば俺はストレスをコントロールできないままに仕掛けたはずが、その刃が鋭く光り輝くと、凶悪な心持ちになる。


「何が何だか分からないが…。虚無に帰れ、不可思議。ただ、それだけだ」


 振り向きがけ。遠心力に身を任せ、黒黒しいスーツもろとも斜めにたたき斬る。

……物騒な、除霊。これが、俺達人間がとりうる、あくまでも最善の策にして、最も後味の悪い策だった。奴らがなぜこの街に現れる様になったのか。師匠ですらそれを知ることは無いが、ただ、倒すことだけは出来る。そのような武器を我々は持っているのだから。この———、


ピロピロピロピロピロピロピロピロピロピロピロ——————————————


 突然、電子音が鼓動する。使い終えた刀を持ったまま呆けていると、ポケットの中の携帯電話が着信音を告げ、沈黙を破ったのだ。着信元は、『怪和崎けわさきはさみ』。俺は携帯電話を取り出し、パタリと開き、ボタンを押す。


『あ、もしもし、齋兜か?』


「ああ」


『今、目撃情報の出た動物型不可思議を追ってるんだが、お前今、なにしてる?』


「孤織のおつかいだ」


『おつかい?』


「夕飯の買い出し」


『……孤織さん、なんでお前にそんなことまかせたの…?』


「知るか」


『うん……そうか、分かった。まあ、寄り道はしないようにな』


「ああ。…切るぞ」


『あ、ちょっと待て。師匠からひとつだけ伝言』


「……なんだ」


そして次の瞬間、俺はその名前を耳にする。


『「リラスターには気を付けるように」だそうだ』


「リラスター?」


『おう。…師匠曰く、「必要以上の力にして、我々に必要不可欠なもの」だとよ。前々から、師匠が持っていたらしいんだが、さっきどっかに行っちまったらしくてな。見つけたら連絡してくれ。見た目は、たしか、浴衣姿の女の子になっている可能性が高い…らしいぜ? 訳分かんねぇけど』


「どうして用心する必要がある?」


『そりゃお前、「必要以上の力」だぜ? 気を抜いてると、飲み込まれちまうもんだろ。…たぶん』


…既に手にしてしまっている。


「わかった。今日中に見つけて師匠の元に持っていく」


『いやお前絶対わかってねえだろ! 気をつけろって言ってるだろ⁉』


「気を付ける」


 ピ、と。会話に付き合いたくないので、強制的に電話を切った。


 ところで先ほどのサラリーマンもどき。…妙な手応えがあった。基本、事象というのはかなりしぶといもので、あのように一太刀浴びせる程度であっけなく消滅する筈がないのだが、そのようなことが起こってしまった。この刀の力が異常なのか、それとも今の事象の脆さが異常なのか、俺には推測の域を出なかった。


「……。」


  気が付けば、今度は刀が消えていた。よくよく変わったり消えたりしやがる。


「ねえ」


…どうやら人間の姿に戻っていたらしい。


「なんだ」


「私はあなたがやりたいことをしました。 セキノウの場所に戻ることができます」


やりたいことという訳でも無かったが…。というか、先程はこいつがやったことになるのだろうか…。とはいえ、緊急事態は打破されたので、なにも、わざわざこのまま師匠の元に向かう訳にはいかない。


「俺は夕飯の買い出しに行くが」


「ついていくわ。よろしいですか?」


「はあ」


「その用事の後にセキノウに行くのでしょう。ついてきます」


「…わかった。ただ、リラスター、お前は」


「その名前で呼ぶのをやめて。」


食い気味に異議を申し立ててきた。


「…こういう名前なんじゃ、ないのか?」


「それはセキノウから呼ばれただけです。 私は人間の名前を持っています。」


「知ったことじゃ無いな。聞く意味も無い」


「…………むー」


 無表情なのは変わらなかったが、なんとなく、不満げなのが分かった。…俺は、リラスターに背を向けて、当初の目的通り何事もなかったように天原あまがはら川沿いの店に向かって歩き出す。…何を言われても、へそを曲げてついて来ることを辞めたりするつもりはないらしい。リラスターは大人しく、後ろからついてくる。


『…ただ、リラスター、お前は勘違いしているようだが、俺はお前の主でも何でもない。手前が何をどうしたいというのは、手前が勝手に決めることだ。俺に許可を取ろうとするな。手前のやりたいことをしろ』


 そう、言いかけたことだったが、こんなこと、わざわざ言い直す意味もない。

 …興が削がれた。


 …いざポケットに手を突っ込まんとすると、ふとして俺は気付く。


「…む」


「どうしたの」


「財布を忘れたみたいだ」


「………。」


 踵を返し、俺はもう一度こいつの前を通り過ぎる。


「…面倒だな」


「あなたのウッカリだとおもいますよね?」


…何も言えない。




※本作品にはモデルとなった実際の人物や地名が存在しますが、

この作品はフィクションであり、実際の人物、団体、事件等には一切の関係もございません。


【第一話 おわり 第五話へつづく】


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