「ストレス」
……………。
視界が真っ白に埋め尽くされ、思わず立ち止まる。
気が付くと、居たはずの少女が消えていた。
そこまで重くも無かったものの、気付かないことがあるとは。
……否。居なくなった訳ではなかった。少女がいたはずの場所には、鮮血と同じ色の縄で結ばれたひと振りの刀があった。
しかし、立ち止まってしまった。このままでは、
勢いをつけて突っ込んできたサラリーマンもどきにミンチにされる。
俺は刀をひとまず握りしめ、サラもどに向かって前転。
身を小さくして受け身を取ることで躱しきる。
さて、こちらの番だ。刀を抜く…。
先程…少女は『すでにあなたには使える』と、そう言ったはずだった。
「使える」と。言ったはずなのに、だというのに、
「錆びきって…抜く事すら出来ない…」
ぐ、と突っかかる。どういうことだ。
「おい、どうなってんだよ。お前、全然使い物にならねえじゃねえか」
憎み口程度に、刀にむかっていってやる。
…しかし、なんの返事もなかった。ただの太刀のようだ。
諦めの姿勢に入っていた。この場で対処することはできそうにないと。ただ、そうしたところで、元々取りに行くつもりだった代わりの「物騒な除霊道具」を回収するために師匠の元へ行けば良いだけだ。俺があらかじめ予定したことと、なんら変わらない。止まることなく走っていけば良いだけなのである。…
しかし、何故だろうか。この後の行動を、自分でも全く理解出来なかった。使い物にならない刀を握っていると、不意に、怒りが湧いてきたのだ。彼女にしでかされたのは使えない武器の提供だけで、何の恨みも無いのに。なにも堪えていないのに。
自然と拳に力が入る。全身の筋肉に力が入って、有り余る腕力をぶつけたくてたまらなくなる。…原典的なストレスのように思えた。
人間、つまりヒトという生物は、石器時代などは他の動物を狩ることで生活していた訳だが、当然、狩られる事もあった。そこでヒトは、危険な肉食動物から身を守るため、高い木の葉を食む為に首と舌が進化したキリンと同じように、生物的な進化を遂げた。それがストレスだ。なんらか、たとえばその動物に襲われるなどした時、痛みと供に、怒りに似た感情と、瞬発的なパワーが発揮されるようヒトの脳には刻まれている。学科の生物で言う「反射神経」みたいなものだ。
蓄積するようなものではなく、本能的なストレスを感じていた。今もたしかに危機と言えば危機なのだが、走っていただけで、ダメージも受けていなければ恐怖も感じていない。なのに緊急時の脳に切り替わり、闘志が煮え滾り、殺意に満ち溢れ、感覚が研ぎ澄まされる。その勢いか、否か。
刀は引き抜かれた。鞘との隙間からは、禍々しい光が射す。
『あなたにはない光が、色が、あなたを照らす。
あなたは自分の醜さを、受け入れられるか?』
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