「異常」
……………。
当初の目的地へと向かう途中、またもやとある「異常」に気が付いた。というのも、財布を忘れただとか、しょうもないウッカリなどではない。さらにもっと、単純に、「異常」である。
…出かけ掛け、孤織は『斥納くんに呼ばれた』と言っていた。
…
異常。それは、まさにやつが対処すべきこの町の問題、不可思議事象が俺の目の前にいることに、俺は気付いたのである。
視界に入ったのは、スーツ姿の成人男性。
「…あ、ちょっといいかな。そこの君」
刹那、俺は飛び退く。
随分平凡な声で、随分平凡な身なり、顔、髪型。…しかし、何かがおかしい。
そう直感したときには、それでももう遅かった。
「き、君…ガ…□□□□□□□□□□□□□□□□ア」
一瞬にして語調が崩壊、言葉にならない声を出す。
この発狂具合だ、野放しにすれば他の人間を殺害することだろう。ひょっとすると既に被害者は出ているのかもしれない。…その為にも、然るべき対応を我々がしなければならない。
「………くそ、用意が悪かったようだな。普段の習慣に改善の余地ありと見た」
その「対処」を、一刻も早く取り掛かりたいところではあったものだが、そう、今は買い出しの行きがけ、対処のための物騒な除霊道具など、持ち合わせてはいなかった。俺は踵を返し、迫ってくるサラリーマンもどきに背を向けた。
目指すのは、師匠の居場所だ。走り出す。…しかし、段々とその差を埋められつつある。しかも、執念深いのか諦める様子が無い。こちらの体力と、どちらがもつか。
町内地図を頭の中で広げながら走っている最中、困ったことが起きた。当然とも言えるが、それも運だ。ツいていなかった。歩行者に遭遇したのだ。…やむを得ない。すれ違いざま、俺は歩いていた少女を担ぎ上げ、勢いを殺さずに駆け抜けた。
「…何をしてるの」
少女は驚かず、ただ拒絶の色を示す。ただ、眼前の物体にはなんら言及しない。今やこいつの鼻先にすら触れようとしているというのに。
「仕方が無い。こうしなければ死んでいた」
話をしている余裕はない。少し黙っていてほしい。
「…ええと、私は私が誰であるか知っているのか、これを行うのですか?」
「………。」
なんだ、何を言い出すんだ急に。こいつからは不可思議の雰囲気は感じられないが、格好だって、祭り事でもないのに派手な浴衣を着ているし、髪色も常人のそれではない。また、口調も日本語に慣れているとは思えない聞こえだ。まるで再翻訳でもしたかのように。何とか、何が言いたいのか分かる程度である。
「ちょっと。 聞いている?」
表情を伺っても、人の事を言えないが一切動いていない。さっきのような謎の口調も、抑揚なしに語っていたのだ。…異常。そうとしか形容のできない人間性だった。不可思議ではないにしても、この少女は本当に人間なのだろうか。
ああ…こんなことなら、駆け抜けて行けばよかった。
「黙っててくれるか」
「聞いてください。 私はあなたにアイデンティティを教えると言っています」
「………。」
…もうどうにでもなれ。言いたいことがあるのなら、黙って聞こうじゃないか。
「すでにご利用いただけます。 だからあなたは使うべきです。」
使う? 何を言っている。詳しく説明してくれ。
お前を担いで走っている俺に、何ができるんだ。
「理解できません?」
「分からないな。この状況で、何を何に使うんだ。俺は逃げていて、お前は逃げさせられている。出来るのは俺の師匠の元に向かう事だけだ」
「私はあそこに行きたくない。」
どうしてだ。
「だから、私はあなたがそれを使うことができると言っています。そこに行く必要はない」
「だから、何を使えるんだ。適当を言うのもいい加減にしろ」
「それはすでにあなたの手の中にある」
「だから、何がなんだ」
手の中、なんて言ったら、それはこいつしかいない。…まさか。
「物騒な、除霊道具が」
視界が真っ白な花びらで埋め尽くされる。
その眩しさに、思わず立ち止まる———
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