「通りすがりの正体不明」

……………。


 ひとつ。…たったひとつだけ、過去の話をしよう。

 

 一昨日おとついの事だった。俺の通う県立草薙くさなぎ高校、同じクラスの女子生徒が、音信不通の行方不明となった。学校側は警察と連携して捜査に当たっているそうだが、未だその痕跡すら見当たらないと聞く。なんでも、こんなに小さな街だというのにどこにも姿は見当たらず、電話番号を伝ったところでその番号がのだと言う。この一件は、噂として生徒間でも広まっている。


 俺が近辺のスーパーへ向かう道中。”その生徒”と仲の良い女子が前から歩いてきた。あいつは誰だったかと思い出そうとした時、そう、連想的に思い出したのである。たしか、寄垣。…そう、寄垣よりがき琴梨ことり

 いつも、”彼女”とつるんでいたはずだ。


 二年二組の陸酉りくとり華眉はなみの失踪事件。俺はこの件を。だが、だからと言ってその事実は彼女と仲がいいこの寄垣には、どう考えても告げるべきではない。…ならば、そのように。


「あ、藤岡君、奇遇だね。あのさ、ちょっと聞きたい事があるんだけど…」


 …彼女の質問を放棄しても、かえって不安感を煽るかもしれない。


「お前、たしか陸酉華眉と仲がよかったよな」


「あ、うん?…うん」


「…悪い事は言わない。諦めたほうがいい」


「…え?」


「陸酉は、家庭の事情かもしくは…別のなにかで他の町に行った可能性が高い。お前のような親しい人間への挨拶のひとつも許さないほどに、厳しい両親なのだろう。もう一度お前が会える可能性は低い」


『こちら側』に巻き込まないためだった。この件に関しては、一般人が触れられる了見ではない。こいつがあの化け物とどれだけ親しい仲にあろうと、適当な嘘を刷り込む。それが最も正しい選択のはずだ。


「藤岡君、もしかしてナミちゃんのこと何か知ってるの?それなら、どうにかして私をあの子に会わせられないかな?お願い」


「もう一度言うぞ。あいつは家庭の事情で他の町へ行ったんだ。気の毒だが、もう会えない」


「じゃあ、…」


 …寄垣は、俺から目をそらし、しかし俺にむけた、確たる意志を持った瞳で、もういちど唇を開いた。まるで、喧嘩の際の言い訳のように、ではあれはなんだったのかと、不満げな表情で。


「…私がナミちゃんはなんだったの?のに、どうしての?」


 そう言った。会ってはならない人物を、見てしまったと。


——どうやら手遅れらしい。こいつは既に、しまっている…。


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