「功利的で合理的なあいつ」

……………。


 地に足が着かない。ここにいる実感がわかない。

 そう感じながら、俺はこの街で生きている。


神岡かみおか


 山に囲まれているためとても狭く、川が流れ、歴史や近代科学が交錯する街。

 一見何もないように見えるこの地域には、夜が来て、そして朝が訪れる。


 …だが俺は、こんな俺は、”戦う”ことを余儀なくされている。


 この街には、この街にだけ出現する、特別ながいる。

 死を受け入れず、諦めない存在。恨みでもって人を殺さんとする怪物。

 しかしその心の内を決して語ることはない、正体不明の現象。不可思議な現象。

 …人呼んで、『不可思議ふかしぎ事象じしょう』。


 俺をこの街に連れて来た孤織は、ある男を介してあれらと戦うことを強制した。


 斥納せきのう罹刻りとき。陰陽師兼、剣術師兼、刀工兼、格闘家という二十数年の人生に何をすればそこまで胡散臭くなれるのかというまでの人物。


 戦える。まだ戦える。斃せと言われた相手を斃す、それだけでいい。

 誰にも認められなくていい。誰に褒められても気にしない。

 それだけでいい。…


***


「……」


 道端でバッタが死んでいる。


 流れていく川面には、ちらりと魚の背びれが見える。


 坂を下っていく。


 放課後、高校からの帰り。日が傾き掛けていた。


 淡々と歩き、梅雨にも入らないために曇る事もない

 歪みかかった青空を頭上に仰ぎながら、街の隅にある、小さな家に辿り着く。


 からからと、古めかしい横開きの扉を開ける。…


「おーう齋兜君。おっかえりー」


 どうやらどこかに出かけるらしい、ある程度身なりを整えた孤織がいた。


「ああ。・・・なんだ?」


「『なんだ』って?」


「その格好、出かけるんじゃないのか」


「あぁ、まあね。ちょっと。斥納せきのう君からのお達しで、今すぐ来いってね。

まったく、こんな時間に野暮なもんだあね」


 夕方のアニメでも見るつもりだったのだろうか。


「俺は行くべきか?」


「んー。できれば来てもらいたいんだけどね、面倒くさくってお夕飯の買い出しがまだなのよ。 あそこ、財布と買うものリスト置いといたから、ちょっち、行ってきてもらえないかしら?」


 孤織は玄関扉に手を引っ掛けながら指を指して、片目を瞑った。…


「わかった」


「うん!助かるわ!やっぱりこういう時に齋兜くんは役に立つのよね!」


『こういう時』以外は役に立たないみたいな言い方するんだな。

 …そうつっこむ間もなく、孤織は出て行く。追って通学鞄を置いて俺も外へ出た。


「……」


「…あいかわらず、その仏頂面は変わらないのね」


 既に路地まで出ようとした孤織は、振り返りながら言った。


「俺は…、俺の生きたいように生きている。お前の言うように」


 彼女には聞こえない。


「……」


 …なんでもない。なんだってない。何を気にすることがあるんだ。

 もう一度、俺は学制服のまま外へ出た。…それだけだ。



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