第二話「イッツ・マイ・ライフ」

「わたしの友だち」


……………@


 左手前の席から人の気配がしなくなったのは、一体いつからだっただろうか。


  そこにいるはずのあの子がいない。いたはずのあの子が。

  わたしの知っているあの子はもういない…そうとすら勘違いしてしまう。


「それはちょっと大袈裟だって~」


 誰もが口をそろえて言う…それはそうだ。

 彼女は、全ての人の目を騙して去っていったのだから。

 ただ一人、寄垣よりがき琴梨ことり、わたしを除いて。


 わたしはあの子が大事だった。少ない友達の一人だった。

 そこにある空間の「穴」は、わたしの心にも、ぽっかりと孤独の穴を形作っていた。


 わたしの過ごしてきた彼女との時間が…すべて失われてしまいそうで。

 その気持ちを噛み締めるたびに、穴が。…黒く、大きく、その存在を主張する。


***


 陸酉りくとり華眉はなみ。一年生の頃から交流のある友達。性格は厳格、そして誠実で、良からぬことを指摘し、非難する、正しすぎるがあまり破滅するようなタイプ。わたしは、そんな彼女のを感じてはいたが、そのズレを、むしろ魅力的とも思っていた。成績優秀な彼女は、一方で人脈には疎い。  

 高校生たちのコミュニケーションでは、一概に「空気が読めない」。そう言われてしまうような女の子は、同じようにコミュニケーションを良く意図しないわたしと心のパズルが合致した。…ただ多分、それも不本意だったのだと思うけど。


 彼女はその日、不意の失踪を遂げた。全くもっての音信不通。たかが友達だったわたしには、彼女の真意など知る由も無かった。


 だが出来る限りの事を、具体的には捜索あるいは聞き込みなど、から、わたしは自主的に行方不明となった陸酉華眉ちゃんの捜索をしていた。


 しかし、それと時期を同じくして、よからぬ噂もはびこりつつあった。

 …あまりにも不思議過ぎた。…あまりにも不気味過ぎたのだ。


 一年間供に過ごしたクラスメートは、本当に人間なのだろうか、などと。



***


 華眉ちゃんについて、何か知ってること教えてくれない?


 授業が終わり、わたしは身支度をするクラスメート達に聞いていた。

やはり昨日の噂以来、消息不明の華眉ちゃんにに対して、偏見を持っているらしい。なんの確証も無い注意喚起ばかり。ありがたくないわけではないけれども、

いよいよ質問する相手の範囲を広げなければならないか。


 やはり当のわたしであっても、本当のところ他の人達と同じなのだろう。

「どうすればいいのか」自分に追求しても答えはかんばしくないのだから。

何をしてもどうしようもないのではないかという疑念は、為す術なくわたしの中でも浮かび上がりつつあった。 本当に、他の人達と同じだ。


 なんの期待も寄せられていなければ、わたしがこれをする義務もない。だが、やると決めたら、やり切りたい。このまま諦めたら、後悔するような気がする。


***


「…結局みつからなかったら時間の無駄でしかないんじゃない? 

 言いたいことは分かるけど、出来る事と出来ない事があるでしょ。

 こんな事説教臭くて言いたくないけど、もっと自分を大切にしなよ」


 断腸の思いで学校を出ようという時、痛い部分を指摘される。

 なにもわたしはナミちゃん以外に友達がいないという訳では無い。

 何ならナミちゃん以上に気が合うような友達もいる。

 笹摩ささま秋姫あきひめちゃん。クラスの中ではわりと友達の多い、例えるなら学年に一人はいる異常に交友関係の上手い人、といったイメージだ。偏見だけど。


「そうだけど、…何もしないよりは自己満足になると思うからさあ」


 せめて屁理屈でも答えないと、説得されてしまいそうだとお茶を濁す。


「…あんまり危ないことはしない方がいいよ」


「ごめん。無理でも、無茶でも、それでも、わたしが正しいと思ってるから」


「琴梨ちゃん…——」


「ごめん」


申し訳なくも遮る。


「じゃあ琴梨ちゃん、こうしよう」


言って、秋姫ちゃんは真剣な顔でを差し出す。


「代わりに、約束して。陸酉さんの件で追いかけすぎて、自分まで危険に踏み込むようなことはしないこと。子供っぽいかもしれないけど、儀式的に」


「…わかった」


 わたしからも小指を絡め、切った。


「……心配してるからね、琴梨ちゃんのこと」


 返事はしなかった。

 感謝か謝罪かそれとも決意表明か、何を言うべきか分からなかったから。

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