3-2
*****
アルバートの宣言通り、リタが外に出られたのは進水式当日だった。
その日は朝早くから起こされ、アルバートが呼び寄せた専門のスタッフの手によって、
ロレンツィ家から走らせてきた黒
青空を映す海も
先に降りたアルバートが車内のリタに手を差し出した。その手をぎこちなく取り、アルバートにエスコートされる形で車から降りる。
周囲の視線が
(う、わ、すごく見られてる……!)
その横をおずおずと歩くリタの
足元を見ないで、顔を上げて、顎を引いて。
微笑みを
「見て、
「あの子は
視線や
そんなリタを、アルバートは人々に見せつけるように
「顔を上げて。みんながきみを見てる」
アルバートは堂々たるもので、若い女性たちに向かって手を振った。うつむきそうになるリタの耳元でアルバートが囁く。
「服を着たじゃがいもだとでも思えばいい」
(……じゃがいもって……)
ずいぶんひどい言い草だ。アルバートを見て
文句のひとつも言いたかったが、今日は公式な場だからスケッチブックは無しだ、と言われてしまったのでリタは手ぶらだ。
船を乗せた船台は波止場にくっつくように設置されていて、間近で見る大型船は、
「アルバート様、ご足労いただきありがとうございます」
背の高いちょび
彼がミレーナの父親・マルツィーニ氏だ。隣には赤いドレスで着飾ったミレーナが、アルバートの
「今日はお招きありがとう。ミレーナ、そのドレス、とてもよく似合っているよ」
「あ、ありがとうございます、アルバート様……。リタさんもとても
ぎくしゃくした様子のミレーナに、父親のマルツィーニは大げさに笑ってみせた。
「申し訳ない。ついにアルバート様がお相手を決められたと聞いて、
「どうもありがとう。ミレーナ嬢でしたら、お相手ならきっと引く手あまたでしょう」
「はは。いや、どうでしょうね。見合いなどは
複雑な顔をしているミレーナの横で、マルツィーニが「ところで」と切り出す。
「もしよろしければ、セレモニーにご婚約者の方の手を貸していただけないでしょうか。ぜひとも黄金瞳のお嬢さんに、シャンパンのロープをお願いしたいのですが」
「シャンパンのロープはミレーナ嬢のお役目では?」
アルバートがミレーナに視線を移す。
ミレーナが何かを言う前に、マルツィーニが彼女の
「うちの娘は何度もやってきていますからいいんですよ! せっかくですし、ご婚約者のお
「そう? そうだね、難しくないし、リタにやってもらおうかな」
リタにはなんのことだかわからないが、そのことをミレーナはあまり快く思っていないらしいことはわかる。
(いいのかな……)
ミレーナが不機嫌なことに、アルバートもマルツィーニも気がついているはずだ。
けれど、「黄金瞳の方が島民も喜ぶ」と二人は決めてしまい、ミレーナを置いて船へと案内された。
ぴんと張られた別のロープにはシャンパンの
リタに任されたのはこのシャンパンのロープ。女性でも簡単に切れる細いロープだ。
(合図に合わせてロープを切るだけならできそう)
たしかに、難しくない。
大丈夫だと
「よかった。黄金瞳の方が船出を祝ってくれるなんて、式が盛り上がりそうです」
では後ほど、と別れ、出番が来るまでアルバートと共に席に
貴賓席には
挨拶はほとんど同じことの
アルバートがリタを婚約者だと
リタは
ネザリエで
無事に助けてもらってよかったわねえ、と婦人に微笑みかけられてちょっぴり顔が引きつった。カルディア島にいる人たちにとっては、ロレンツィ家は
多くの人は祝いの言葉を述べてくれたものの、すべての人がリタを快く受け入れてくれるわけではなかった。
「ずいぶん急なことですな」
挨拶が一段落したところで声を
アルバートは両手を広げ、親しい相手を迎えるように応じてみせる。
「恋とは
のらりくらりとしたアルバートの受け答えにも男性は表情を
「いくら黄金瞳だからといっても、
「そんなことはありませんよ。リタはじゅうぶん僕の力になってくれています。屋敷に帰って、愛しい人が待っていてくれるというだけで支えになるものです」
恋だとか、愛しいだとか……、そんなこと思ってないくせに。
しれっとした顔で、思ってもいないことをよどみなく口にできるアルバートに、リタはいっそ感心してしまった。
「情熱的ですな。若き日のベルナルド様にそっくりだ。……あの方も、ある日突然リヴィア様を
「…………
アルバートは
ポルヴェと呼ばれた男性も、好意的な意味でアルバートの父親の名前を出したわけではないようだ。冷たい目でリタを
「私は、リヴィア様との仲は反対でした。あの方はロレンツィ家の妻に
素性の知れぬ女性、と言われてどきりとする。それに、不愉快な思いって?
(この人は、わたしのことを良く思っていない……?)
アルバートは男性の言葉を鼻で笑い飛ばした。
「ポルヴェ。いつからロレンツィ家はそんなに
言葉を切ったアルバートはリタの手を取る。
婚約指輪を嵌められた手に軽く口づけられてもリタは大人しくしていた。
「彼女は
「……そうあってもらいたいものです」
表面上はにこやかなのに、アルバートの声は
ポルヴェがリタのことを良く思っていないかもしれないからではなく、アルバートは両親の話に踏み込まれたくないようだった。
リタもロレンツィ家に
父親は亡くなっていると聞いたが、アルバートの母親はどうしているのか。屋敷で見かけることはなかった。他の親族がどこにいるのかもよくわからない。
(……聞けば教えてくれるのかもしれないけれど……)
なんとなく、アルバートからは「家族」の
ポルヴェと対峙するアルバートの肩が、……
リタは知らないうちに前に歩み出ていた。
「何か?」
そして顔を上げ、堂々と微笑んでみせる。
――アルバートが選んだ相手はわたしだ。わたしに文句があるのか、と言わんばかりの、マフィアの妻らしいふてぶてしい笑みを。
突然
(ど、どうしてわたし、こんなことをしてるの)
まるでアルバートを
(だって、アルバートが、一人で戦っているように見えたから)
処世術に
(余計なお世話だった? 何してるんだろうって思われてる?)
自分のとった意味不明の行動に混乱して。
固まるリタに、アルバートの
くすくすと笑みを漏らして、リタの身体を軽く抱き寄せる。
「……ね、ポルヴェ。きみの
アルバートの
ポルヴェに対する
ポルヴェからしたら、子どもみたいに幼いリタが、マフィアの妻らしく振る舞おうと
(
だがポルヴェはそんなリタの態度に満足そうだった。
「……そのようですな。素性の分からない相手などと、失礼なことを申し上げました。あなたの
「こちらこそ、相談もなく勝手に話を進めてしまって悪かったね。古くからロレンツィ家を気にかけて下さるあなたを、ないがしろにしたわけじゃない」
リタの頭上で笑い声が漏れる。
ポルヴェの去った方を見ながら、アルバートが肩を
「ふふ。あのじいさん、意外ときみみたいな
(……あの人がいなくなった
自分の行動を
(ずるい、……そんな寂しそうな顔)
本当は弱い部分もある人で、悪ぶっているのは
家族とうまくいかない寂しさならリタにもわかる。
……それとも、弱気な態度はリタの同情を
どちらが本当のアルバートなのかわからず、疑う気持ちと信じたい気持ちの間でリタの心は揺れた。
今宵、ロレンツィ家で甘美なる忠誠を 恋のはじまりは銃声から 深見アキ/ビーズログ文庫 @bslog
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