3 反旗
3-1
(こんなに立派な
小さくちぎったパンを口に運びながら、リタは何度も自分にそう言い聞かせた。
一階にある食堂は、リネンのクロスがかけられた細長いテーブルが三列並んでいるだけの素っ気ない空間だ。奥の階段を降りたところに調理場があり、
リタは極力、
――リタは、ここでは空気のようなものだった。
構成員たちはリタを
進水式までは屋敷で大人しくしているようにとアルバートから言われ、出歩くこともできず、することもなく……結局、これまでと何も変わらない暮らしだ。生活の水準は上がったものの、ひっそりと暮らすような生き方はまるで変わっていない。
リタと同年代の青年たちが
(こんなので、いいのかな。ただ、屋敷に置いてもらっているだけで、なんにもしていないなんて……)
チョコレート色の手すりを伝って二階に上がる。うつむきがちに
(ひゃあっ!)
物音ひとつ立てずに歩いていたせいで、走ってきた構成員に思いきりぶつかってしまったようだ。リタも相手も勢いよく
「いってえな! 前見て歩けよな!」
しかし、ぶつかったのがリタだと気づいた構成員の方が青くなった。
「あっ、す、すみませんでしたっ。
(……ごめんなさい、わたしがぼうっとしてたからだわ……!)
差し出された手を借りて立ち上がろうとすると、ビリッと布が
(ビリッ?)
上等な服×
「も、もももうしわけありません!」
(え、いや、悪いのはわたしで……)
リタなんかにどうしてこんなに低姿勢をとってくるのだろう。不思議に思ったが、リタはこの屋敷ではアルバートの
(わたしがアルバートに告げ口をするって思っているのかも)
そんなことしないが、構成員からしてみればリタの
「と、とりあえず、これっ!」
スーツの上着を
(えっと、下の方だし、隠さなくても平気……それに、破れたのはわたしが踏んづけたせいだし)
と、急いでスケッチブックに書こうとしたところで、運悪くアルバートが通りかかった。構成員の男性は顔を
「ひえっ、アルバート様っ……」
「……何してるの?」
リタと構成員を見比べながら、感情の
「申し訳ありません、俺がぶつかってしまって、お
構成員の男性は勢いよく頭を下げた。
アルバートは彼らからどう思われているんだろう。構成員の
自分が悪いのに、他の人に謝らせてしまっていることにリタは慌てた。 《待って、わたしが悪いの。この人は悪くない》
「いやっ、俺が悪いんです」
《
押し
「……もういいよ。急いでいるんだろう、早く行きなよ。リタは僕が部屋まで送ろう」
「すっ、すみません……」
(あっ、待って、これ……)
スーツの上着をリタに渡したまま、構成員はすっ飛んでいってしまう。見ると
「……僕から返しておくよ。貸して」
《あの、
「リタ。僕はきみに雑用をさせるために買ったわけじゃない。縫い物なんか自分でやらせればいい。きみがそんなことする必要はないだろう」
《じゃあ、わたしは何をすればいいの?》
「何もしなくていい。……と思ったけれど、きみは少し歩く練習をした方がいいね。足元ばかり見ないで。顔を上げて、
今までの生き方と真逆の歩き方を指示される。
「それからこれを渡しておくよ」
アルバートが上着のポケットから小箱を取り出した。
ぱかんと
婚約指輪を
「これできみはどこからどう見ても僕の婚約者だ。……進水式では、堂々とした態度で
(進水式……。進水式が終わったら、わたしはどうなるんだろう? アルバートと
今みたいに軽々と指輪を
アルバートは「不自由のない生活」を送らせてくれるとここに来たときに言ってくれたが、自由に暮らしてもいいとは一言も言っていない。リタを部屋まで送り届け、テーブルに指輪が入っていた小箱を置くと、「それじゃあ」とさっさと出て行こうとする。
(ま、待って!)
だから、リタにしては勇気を出してアルバートを引きとめた。
スーツの裾を引っ張ったリタに、アルバートは「何?」と小首を
《進水式が終わったら、わたし、外に出てもいいの?》
「外に出かけたいの? そうだなあ、とりあえず、先のことはこれから考えていこう」
《ダメってこと?》
「ダメじゃないよ。ただ、きみの身の安全を守るためには、屋敷にいてもらった方がいい時期もある」
もっともらしい口調で話されるが、外に出てもいいとは決して言わない。
結局、ボタンが取れかけていたスーツは、アルバートが持って行ってしまった。閉められた
(……閉じ込められてるみたい)
部屋に
(アルバートはわたしに外に出てほしくないんだ。……ふらふら出歩いて、問題を起こされたら困るから? それとも、お
(わたしは、このままでいいの……?)
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