2-4
――リタちゃんの目、へんなの!
――のろわれた目だ!
おれのかあちゃんが言ってたぞ!
両の目の色が違う人間はこの世に少なからず存在する。それでも、小さな村で、人と見た目が違うリタは
特に子どもたちからは「こわい」「きもちわるい」「へんなの」と言葉を投げつけられ、すぐに仲間外れにされた。悪口を言われたり、指をさされて笑われるのが怖くて、そのうちに家に閉じこもりがちになった。
外は意地悪な人ばかりだ。家から出なくてもいいんだよ。
父と母は優しかったが、その優しさは
優しい言葉は両親のためでもあったのだろう。リタをまわりの目から隠すように、無理をして外に出なくてもいいと何度も言われた。
――珍しい子どもは高く売れる。
――お金持ちに買われたほうがその子も幸せに違いない。
お
母は泣いていた。
父は黙っていた。
貧しい家で家計に
家から逃げ出した。
子どもの足で歩ける距離は限られている。通りを
わたしはいらない子じゃないと言って欲しかった。
心配して迎えに来て、抱きしめて欲しくて。わざとらしく持ち物を落とし、何度も何度も足を止めて振り返って。気がつけば、どこをどう歩いてきたのか山道で迷子になった。
……
夜になって、怖くて泣いた。
いつの間にか泣きながら眠ってしまって、自分を
(きっと、このまましぬんだ)
そう思って地面に突っ
「あんた、どこの子だい」
年代もののショールを巻いた
「どこから来たんだって聞いてるんだよ」
摑まれたままがくがくと
引きこもっていたリタにとって、こんなふうに
「……っ、ぁ……」
しかし、口から出たのは、
(声が、出ない)
喉が張りついてしまったように動かない。
ひゅうっと鳴る喉を押さえて、リタは
「なんだい、口がきけないのかい?」
相変わらず厳しい口調の老婆に、リタは頷く。
老婆は深い溜息をつくと、ついてきなと背を向けた。ついていくべきか迷ったが、「早くおし!」とピシャリと
近くに古びた家があり、そこが彼女の家らしかった。山の
あとに続いて中に入ると、外から見るよりも
リタは湯を張ったバスタブに放り込まれると、老婆の手でザブザブと洗われた。
タオルでごしごしと
乱暴でそっけないが、悪い人ではないらしい。
彼女は「帰る場所はあるのか」と聞き、リタは
(帰っても、わたしの居場所はない)
わたしは、わたしのために逃げたのだ。
「優しい父と母」を
老婆は特に何も聞いてはこなかった。そうかい、と短く
その日から、少女と老婆の
老婆の家はかなり変わった作りをしていた。
外から見るよりも中は狭い。物が多いせいかと思ったが、クローゼットの奥に隠し部屋があるせいだった。その隠し部屋がリタの
はじめはどうしてこんなところに押し込められるのか不思議だったが、その疑問はすぐに解決することになった。
「よォ、ババア。まだ生きてたんだな」
役人だと言われなければわからない、チンピラ
役人が来た気配を感じ取ると、リタは隠し部屋で息を
彼らは冷やかしでやってくるような時もあり、勝手に家の中に入っては金になりそうな物はないか物色するのだ。役人たちからすれば、色の
「今月の金なら払っただろう! とっとと帰んな!」
「落ちぶれたババアが生意気だな。こんなボロ家、ぶっ壊してやってもいいんだぞ!」
「そうしたら、あんたたちは金の
厳しい口調で老婆が
がたん。ばたん。どたん。当てつけのように物を落としたり、荒っぽく扉を閉める音が聞こえなくなると、リタはどきどきする心臓を
(見つかったら、わたしは、売られてしまうの?)
そんな未来を想像して怖くなる。
隠し部屋には、他にも多くのものが隠されていた。
取っ手の欠けたティーポットの中には
この家に大量にある
老婆はどこか遠いところのお金持ちのお嬢様で、若い時に家が
かつては華やかで
長い年月の中で失われてしまった美と栄華を振り返りはしても、決して過去を
「あんた、読み書きはできるのかい?」
ある日、そう問われて首を振った。
子ども用の簡単な絵本くらいしか読んだことはない。
老婆は、
読み書きができるようになると、老婆の名前がオリガということを知った。聖人と同じ名前なのね、と聖書のページを指すと「そんな大層な人間じゃない」と嫌そうな顔をされた。
「違う、魚のナイフはその隣だよ!」
ある日はテーブルマナーの訓練を受けた。
部屋の奥から銀食器を引っ張り出したオリガは、テーブルで厳しく指導した。
安い食材をそれなりの料理に見立て、ナイフとフォークをまともに
「もっとずっと北に行くと大きな国があるんだ。ここから西や南には島国がある」
ある日は地図の読み方を教えられた。
リタのいるところは小さな小さな町で、世界はもっとずっと広かった。 広い世界には、目の色が違う子だって、肌の色が違う人間だっているんだ。
ろくに外には出られなかったが、
《どうして、わたしに色々なことを教えてくれるの?》
そう
「リタ、あんたのあきらめた顔を見てると、昔の自分を見ているようで腹が立つ。生きることをあきらめるんじゃない! 居場所ができたらしがみついてでも守れるような女になりな!」
厳しい言葉は、過去の自分に伝えたい言葉だったのだろうか。
そうして、春の花が散るのと同じ頃、オリガは死んだ。
オリガの
ここにいたらいずれは役人に見つかり、売られてしまうかもしれない。
その前に、自分の居場所を見つけないといけない。そう思って。
……しかし、結局リタは人買いに
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