2-2
(うう、……
ひとり、ベンチに座ったリタは
アルバートは「ちょっと待ってて」と広場にリタを置いてどこかへ行ってしまったのだ。解放された途端に疲れがどっとやってくる。
(わたし、これからここでやっていけるのかな……)
たくさん歩いたせいで、踵が少し赤くなっている。
ふう、と
「――ちょっと、あなたっ!」
いきなり
顔を上げると、柔らかそうなハニーブロンドの少女がこちらに向かって歩いてくるところだった。リタと同じくらいの
「あなたねぇ、あらっ……? えっ、黄金瞳…… !? 」
リタの瞳の色に、毒気を
「あなた、アルバート様とどういうご関係?」
鼻息
「私、見てたのよ。あなたがアルバート様に肩を抱かれてお店から出てきたところ。ずいぶん親しいみたいね」
(……ええと)
この子は、アルバートの恋人? 長い
リタがいつまでも
(どうしよう。アルバート、早く帰ってこないかな)
アルバートの姿を探して辺りを見渡すが、彼女からしてみたらリタが無視をしているようにしか思えないらしい。一言も発しない態度に、むっとしたように顔をしかめた。
「ちょっと、馬鹿にしているの? 黙ってないでなんとか言いなさいよ」 詰め寄った少女がリタの肩を摑む。どうしよう、
下を向くリタの耳に、コツ、コツ、と踵を鳴らす音が聞こえた。
「――お待たせ、リタ」
顔を上げると、何食わぬ顔でアルバートがこちらに
「やあ、ミレーナ。こんなところでどうしたの?」
ミレーナと呼ばれた少女は
「いえ、なんでも……。通りかかって、……声を、
「そうなんだ。今日は買い物かな?」
「え、ええ……。進水式がもうすぐですから、仕立てたドレスに合うアクセサリーを探しに来ていたんです」
「じゃあ、式典でかわいい姿を見られるのを楽しみにしておこうかな」
笑みを浮かべたアルバートに、ミレーナもほっとしたように
「リタ、彼女はミレーナ・マルツィーニ嬢。さっき僕たちが乗ってきた船もマルツィーニ家の会社の客船なんだ。彼女の
「まあ……! そうだったんですか」
リタが話せないと分かり、ミレーナは
「ごめんなさい。気がつかなくて。
(可哀想?)
同情するようなミレーナの言葉は、ちくりとリタの心を
これまでリタはほとんど人と関わらずに過ごしてきた。会話ができなくて困る場面があまりなかったといっていい。だから、この島へやってきて、同年代の女の子たちが楽しそうにしているのを見ているだけで、
ミレーナの言葉は、そんなリタの
そしてまたうつむいてしまう。黙ってやり過ごすことばかり考えてしまう。
「――『可哀想』なんかじゃないよ」
アルバートの指がリタの髪にかかった。
下を向いたせいでほつれた髪を耳にかけられて、ハッと顔を上げる。
「リタの瞳は、言葉なんかよりもずっとたくさんの感情を映すね。見ていると、言いたいことがちゃんと伝わってくる。僕は別に不便を感じないけどな」
そんなことを言われたのははじめてで――まるで自分の存在を認められたような気になってしまった。そういえばアルバートは、リタが喋れないと分かっても嫌な態度をとることはないし、この瞳も真っ向から見つめてくる。
可哀想なんかじゃない。その言葉がリタの胸に
ミレーナは自分が失言したと気づき、慌てて
「あ……、そ、そうですわね。可哀想は失礼でしたわ」
「うん。失礼だよ、ミレーナ。きみの価値観で人を測るものじゃない」
ピシャリとした
「ア、アルバート様……?」
「彼女は僕の
「こ、婚約? あ、あの、アルバート様っ」
混乱するミレーナを無視し、アルバートはリタの肩をさっと抱いた。
「迎えを呼んであるんだ。帰ろう、リタ」
広場を出ると、すぐに黒塗りの車が近づいてきた。
乗るように
「これを買いに行ってたんだ。あった方がいいだろう?」
ありがとうございます、とリタはぎこちなく最初のページに
こうやって
いいところだってあるのかもしれないけれど、《あんな言い方しなくても良かったので は》と小さな文字で、非難めいたことを書いてしまう。
「どうして? あの子はきみを馬鹿にした。許すべきじゃないよ」
《わたしは、気にしてない》
「そう?」
《あの子は、あなたのことが好きなんでしょ? 冷たくされて、すごく傷ついてた》
「僕は別にあの子のことが好きじゃない。単に付き合いのある会社の
はじめは愛想よくミレーナに接していたくせに、手のひらを返したように冷たく
《冷たくするなら、最初から優しくしなければいいのに》
リタ、と声を掛けられてハッとする。
アルバートはあのひんやりとした瞳でリタを見ていた。
ペンを持つ手を上から
「――きみの人生は僕が買った。僕のすることに、口を
黙って言うことを聞いていろと。
そう、言われている。
(何を
リタの意志を認めて尊重してくれているわけじゃない。
リタに優しくしているのは、言うことを聞かせるため。優しくして、いい気分にさせて、逆らわないようにするためだ。
「今週末、マルツィーニ家が経営している会社の進水式――新しい船のセレモニーに招かれているんだ。そこできみを僕の婚約者だと
僕がきみに何を望んでいるかわかるよね?
問われて、リタは真新しいアイボリーのドレスに視線を落とした。
(……いいところもあるかも、って思ったのに)
優しさにほだされそうだったからこそ、裏切られたような気持ちになってしまう。
そんなリタを横目で見ながら、アルバートは皮肉気な笑みを浮かべた。
「……マフィアが、優しい人間だとでも思った?」
リタは返事を書かなかった。
手を握られているせいで字が書けない。そういうことにして、唇を引き結ぶ。
*****
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