2 口説き文句か、脅し文句か
2-1
――リタちゃんの目、変なの!
(……っ!)
目覚めたリタは、
何も
子どもの
(……これは、夢じゃないのよね)
闇市で買われたこと。走って、
「おはよう、リタ。よく
客間に入ると、アルバートが
オーダーメイドらしき細身のスーツをさらりと着こなし、
こっちにおいで、と手招きされて、リタはソファの
そんなリタとの
「うん。昨日より顔色がいいね。安心したよ」
(ち、近い……!)
顔を見られるだけでも嫌なのに、すぐ隣に座られて、息をするのも苦しくなった。
男性に近づかれるのはおろか、他人との
「リタ、ビスコッティは食べられそうかしら? 島につく前に軽くお
もし、アルバートとエミリオだけだったらリタは部屋から出てこられなかったかもしれない。彼らの母親的な存在のマーサのことを、リタは無意識に
(でも、この人も、マフィアの仲間……なのよね……?)
彼女も武器を隠し持っていたりするのだろうか。この
マーサが
*****
昼を過ぎた頃に、船は港に入った。
「ここがカルディア島の州都・セレーノだよ。いろんな文化が入ってくるから、レガリア 本土とはまた少し
(すごい……、なんて活気のある港なんだろう)
大きな港だ。
少々殺風景な港から街の方へと視線を移すと、美しく整備された通りが目に入る。
レガリア風の伝統的な白い
アルバートの言う通り、色々な文化が入り混じった街だ。
中心街の方に行くと、大きな劇場や広場もあるらしい。リタはほとんど外に出ることなく暮らしていたため、何もかも目新しくて、ついきょろきょろと視線を動かしてしまう。
(あれ……?)
ふと気づくとマーサとエミリオがいない。アルバートと二人きりだ。
「二人には先に帰ってもらったんだ。きみとデートを楽しみたくてね」
(えっ !? )
「さ、リタの服を買わなくちゃ」
アルバートは楽しそうにブティックにリタを引っ張り込む。ベルの
「あら! いらっしゃいませ、アルバート様!」
「やあ、ノーラ。
「いいえ。アルバート様でしたら、いつでも
女主人が
故郷の村では変だと言われ、人買いたちには珍しがられた
ここでも何か言われるのではないかと身体を
「とっても
「色が違うなんて神秘的ね。それに、右の瞳は
(……え……?)
好意的な言葉に驚いてしまう。
アルバートは後ろに隠れていたリタを見せびらかすように
「『みたい』じゃなくて、本物の黄金瞳だよ。ノーラ」
「ええっ、私、おとぎ話だと思ってましたわ!
だって、本土のお友達は黄金瞳だなんて、だぁれも知りませんもの」
(……そうよね。わたしだって知らなかった。でも、アルバートの言う通り、この島の人 たちは『黄金瞳』に悪い印象を持っていないみたい……)
店員たちも驚いた顔をしているが、「すごいわ」「はじめて見たわ!」とどことなく
「彼女はこの島に来たばかりでね。似合う服を何着か見立ててくれるかい?」
「かしこまりました。そうですわねえ、お
「僕の隣に並ぶのに
その言葉に、店員たちは表情を改める。
リタが、アルバートにとってどういう存在なのかを測りかねていたのだろう。ただの知人なのか、身内なのか、
僕の隣に並ぶのに相応しい――すなわち、ロレンツィ家ボスの「特別な存在」に相応しいものを持ってこいと命じたアルバートに、店員たちは
デコルテを
(こんなの、絶対、似合わない……っ)
リタは棒立ちのまま
店員たちが持ってきた服を選別するのはアルバートだ。何着目かで
終わったと思ったら
「ああ、動かないでね。ちょっと、リボン取って!」
「
化粧を施してくれている女性は、何本もの口紅とリタの顔を見比べた。店員がベビーピンクの口紅を手にしたところで、近くで見ていたアルバートが別の色を差し出す。
「こっちの方が似合うよ」
「アルバート様、お嬢様には
「そう? ちょっと
女性と場所を
リタの
(っ、あ、アルバートに
「ほら、じっとして。はみ出ちゃうよ」
椅子の上で
息がかかりそうなほど間近にあるアルバートの顔に、リタの心臓がバクバクした。周りにいる店員たちも手を止め、アルバートの
「ああ、やっぱり思った通り、かわいいよ。……ね、似合うだろう?」
同意を求めたアルバートが振り返ると、うっとりとこちらを見ていた店員たちが、
「ええ、あの、素敵ですわ。アルバート様ったら、情熱的ですわね」
「本当。目のやり場に困ってしまいます。でも、確かにお嬢様にお似合いですわ」
「そうだろう?」
得意げに笑ったアルバートがリタを立ち上がらせる。
「ほら! どうだい、リタ?」
手を引かれ、全身が映る姿見の前に連れて行かれた。
幼く見られがちなリタが
(え……? これが、わたし?)
どきんと心臓が
まず目に飛び込んでくるのは、唇にのせられた
身体を
艶のない
みすぼらしい少女の姿はどこにもない。
ここに来るまでに見かけた、おしゃれで、いきいきとした、楽しそうに街を歩く女の子たちとなんら変わりのない姿のように見える。
「気に入った?」
ぼうっと鏡に見入ってしまって、
(わたしがみっともない格好をしていたら恥ずかしいから……だから、こうして服を買ってくれるんだわ)
そう思うものの、生まれてはじめての華やかな格好に心が
「化粧品も買い取れるかな。他の服と一緒に
「わかりましたわ。またごひいきにしてくださいませね」
笑顔の店員に見送られ、リタはどきどきする胸を押さえながら歩き出した。
――のも
次は
(も、もういい。もういいです!)
アルバートと出かける用事があるときに必要だから、という理由で服や靴を買い与えられるならまだ分かる。だが、クリスタル製のウサギの置物はリタの生活に必要ないし、レ ースのハンカチは何十枚も持つものではない。
自分なんかのためにお金を使う必要ない、と初めは過剰に飛び上がったが、様子を見ているとアルバートなりの理由があるのではないかと気がついた。
アルバートは島民たちにリタの顔見せをすることができる。
そしてリタに、島民との関係は良好であるということを印象付けることもできる。
デートと言いつつもしっかりとその辺りまで計算し尽くしているように見えた。
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