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「警戒していた割に、あっさり頷いたな」

 マーサとリタを下がらせた後、サイドボードのさかびんに手を伸ばしたエミリオが笑う。みのせん ぱく会社は気をかせたようで、質のいい酒が用意されていた。

 リモンチェッロは飲み口は軽いが、アルコール度数はそれなりに高い。

 疲れているだろうリタが眠るにはちょうどいい酒だが、エミリオには物足りなかったのだろう。グラスを出したエミリオは、はく色の液体を二人分注いだ。

「俺、もっとごねるかと思ってたわ。マフィアなんて嫌だとか怖いとかさあ。なんかもっと色々あるだろ。ビビる要素が」

「今まで、あまりいい扱いを受けてこなかったみたいだね。感情にとぼしい子だ。まあ、話が早くて助かったけど」

「なんつーか、達観してるっつーか、淡々たんたんとしてるっつーか……。喋んねえからそう見えるのかもしれねえけど」  

 エミリオがほおをぽりぽりく。

 事前の情報では喋れないということはわからなかったが、アルバートにとってはかえって都合が良かった。口のかたい、秘密を守れる人間はだいかんげいだ。

「気がついた? 彼女、きちんとマナーの教育を受けているね」

「あ? あー、なんかちまちまメシ食ってると思ったけど」

「ゼノンたちはかた田舎いなかで拾ったと説明していたけれど、田舎暮らしじゃまともに学校に行けるかもあやういだろう? 教養なんてなくて当たり前だと思っていたけれど、彼女はきちんと身につけている。不思議な子だね」

 慣れないかんきょうだというのにごく自然に食事ができるのは、本で読んだだけの知識ではなく、きちんとじっせんする機会があったのだろう。おどおどとして下ばかり向いているが、 姿勢は悪くないし、所作もきれいだ。

 はくがいされた者特有の怯えた仕草と、美しい身のこなしのアンバランスさ。

 育ってきた背景が見えず、黄金瞳とも相まって、げんじつばなれしたような印象を与える子だ。

「……調べるか?」

 エミリオは目をすがめて問うたが、

「いや、いい。興味はあるけど、別に何か隠しているわけでもなさそうだし」

 アルバートにとっては、礼儀作法の勉強をさせる必要がなさそうで手間が省けた、という程度だ。もとより、アルバートは自分の結婚相手に興味がない。

 グラスに口をつけると本題に入った。

「……それで? あの後、ゼノンたちはどうしたんだ?」

「あー……くのが面倒になって何人かった。港近くまで追ってきてたけど、さすがに船には手出しできねーだろうからな」

「まあ、たった三人で乗り込んできたとは思わないだろうしね」

 この船はロレンツィ家の息がかかっている。いくら頭に血が上っているとはいえ、無策で船の中までは追ってこられないだろう。ロレンツィ家側が味方を大勢船に待機させている可能性があると考えるからだ。

 だが、ネザリエ地区を仕切っているゼノン一味の縄張りに、敵対するロレンツィ家が現れ、派手にさわぎを起こしたとあっては黙ってはいないはず。

 おそらく、別の方法でカルディア島まで追ってくることは簡単に予想できる。

「陸路の方は?」

「見張らせてる。カルディアに入ってきてのがしていいんだろ」

「ああ。しばらく泳がせておけ。一ぴきずつ仕留めるより、数が揃ってからの方が効率がいい」

 淡々と話すアルバートのグラスに、エミリオが追加で酒を注ぐ。にやにや笑いでカチンとグラスを合わせられた。

ねずみ捕りが終わったらせいだいな婚約パーティでも開こうぜ。我らがボスのねんの納め時だ」

「……そうやって笑ってられるのも今のうちだよ。僕が結婚したら、次はこぞってきみの方に縁談が行くと思うけど」

 ほこさきが自分に向くことを想像したのか、エミリオは苦いものを飲むように酒を流し込んだ。

「俺はジジイ共の孫娘なんかとくっつくのはごめんだぞ」

「じゃ、そうなる前に、きみもどこかで調達してくるんだね」

 戸惑いと警戒心がにじんだ少女の顔を思い浮かべて、アルバートは優雅にグラスを傾ける。

 アルバートが求めているのは、従順で、ていしゅくで、たとえ警察が訪ねて来てもファミリ ーにとって不都合なことを喋らない結婚相手だ。口がきけないリタはまさしくアルバートの理想の結婚相手と言える。

 大人しく言うことを聞いていれば生活の保証をしてやるのだから、リタにとっても悪い話ではあるまい。

(さて、どうしたものかな)

 色恋も、ぼうりゃくも。

 相手の思惑を読み、だまし、わなにかけるのは、アルバートにとってはどちらも大差のないことだ。

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