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マフィア。
それが犯罪組織をさす言葉だということはリタでも知っている。
暴力や密輸など、悪いことをしてお金を手にしている人たち。犯罪者。レガリア本土の新聞でも目にしていたし、世界のあちこちにも存在していたはずだ。
アルバートはその危険な犯罪組織のボスだと名乗った。
(お腹、空いていたはずなんだけどな……)
目の前に並べられた夕食の皿を見ながら、リタは
ナイフとフォークでちまちまと食事を口に運ぶリタに、
「おいっ、全然食ってねえじゃねえか!」
(ひっ!)
ハイペースで肉を平らげていくエミリオが
食べないのならよこせ、とか、俺たちの出した食事が食えねえのか!
と
エミリオはにっかり笑った。
「しっかり食えよ! 腹減ってるんだろ!」
(こ、怖い……)
一応、心配……というか
リタを気にかけてくれるのはエミリオだけではない。
アルバートの指示で、リタの身なりはマーサによって
身体を洗われ、アルバートが適当に切った前髪を
マフィアだと名乗った彼らは、とても人道的にリタを
(いったい、何が目的なんだろう)
花嫁、と言われて、
アルバートの容姿と財力ならいくらでも女性は寄ってきそうなものだし、彼は相手に困っていなさそうだ。わざわざリタのような
あれこれ聞きたい気持ちはあったが、紙とペンがないと
ちらりと向かいに座るアルバートを
(……怪我、大丈夫なのかな……)
リタとマーサがバスルームにいる間に、アルバートは
視線を感じたらしいアルバートはワイングラスを
「そんなに見つめられると穴が開きそうだよ」
くすっと
「ははっ。あと数センチずれてたら、肩に穴開いてただろ」
エミリオが
「僕は
「馬鹿なことおっしゃらないでください。手当てはちゃんとしたんですか」
「したよ。あーあ、あの服、仕立てたばっかりだったのに、たった一回着ただけで台無しにしてしまったな」
服の心配をするアルバートの感覚がリタにはわからない。冗談を言うエミリオの感覚も。
これが彼らにとっての日常なのだろうか。マーサだけは真っ当に怪我の心配をしていて、彼女の常識的な感覚に救われる。
「んなもん、また仕立てりゃいいじゃねえか。毎日スーツをとっかえひっかえ、よくやるぜ」
「きみみたいに、クローゼットの端 はし から端まで全部同じスーツだったら、組み合わせには困らないだろうけど、それじゃあつまらないよ。……ねえ、リタ? きみも女の子だから、おしゃれには興味があるだろう?」
そんなふうにリタに話を振りつつも、はじめから答えは期待していないのだろう。
島に新しくできたというリストランテの話や、有名人のゴシップ記事。
ワゴンを引いた
「どうぞ。島の名産のリモンチェッロだよ」
カクテルグラスに注がれて手渡される。
正直、お腹がいっぱいで飲み物も
(おいしい……)
「口に合ったなら良かった」
肩の力が抜けたリタを見て、アルバートが微笑む。
「――ところできみは、黄金瞳についてどのくらい知っているの?」
さらりと問われ、リタは首を振った。
《何も知りません》
《この瞳は珍しいから高値で売れるって、闇市にいた人たちが。そんなに珍しいんですか?》
「うん、すごく珍しい。僕も実際に見るのははじめてだ。黄金瞳っていうのはね、カルディア島の先住民族が持っていたと言われている瞳なんだ」
カルディア島は、今はレガリア共和国に属しているものの、何度も他国の
黄金は、富や権力を
時の権力者たちは美しい黄金の瞳を好み、彼らを捕らえて
「黄金瞳を手に入れた者は
捕らえて寵愛? 奴隷?
闇市でそんな対象として高値がつけられていたと知り、ぞっとした。
《今でも、そんなことが?》
「いいや。その黄金瞳は
そんな話、初めて聞いた。
両親はおろか、故郷の村人や、町の医者も知らなかったと思う。
「きみが知らなくてもおかしくはない。カルディア島民に伝わる民話というか、おとぎ話みたいなものだから」
(……待って。それじゃあ、わたしはそのカルディア島の先住民族の血を引いているってこと?)
しかし、リタは
(何かの間違いだわ)
アルバートの説明だと、黄金瞳は遺伝性。
リタの両親、あるいは親族にカルディア島の先住民族の血が入っていないといけないことになる。リタの両親の目の色は緑色だ。
こんな瞳のせいで母が
アルバートは、リタが黄金瞳で間違いないという前提で話を続けた。
「ロレンツィ家はね、元々は、島を守る自警組織として立ち上げたのが成り立ちなんだ。侵略者と戦うために武器を手に取った、古くからカルディア島を守っている組織だ。ロレンツィ家を
(……もし本当にわたしが先住民族の血を引いていたら、そうかもしれないけど……)
アルバートが
《ごめんなさい。わたしは本当に何も知りません。この瞳があなたたちの言う黄金瞳なのかどうかさえ、わたしにはわからないし、喋れないし。あなたの奥さんなんて務まりそうにありません》
「きみは黄金瞳だよ」
アルバートは断言した。
「喋れないことも僕はまったく気にしない。どう? 僕のこと、好きになれない?」
《どうして、わたしに……いえ、黄金瞳にこだわるんですか?》
「えーと……、
そんな馬鹿な。
一目惚れと連呼して無理矢理
リタの表情を見たアルバートは肩をすくめる。
「そんな顔されると傷つくな。こういうロマンチックな展開の方が喜ぶかと思ったんだけど……まあいいか。だったら、もっと合理的な話をしよう」
リタが「一目惚れ」にときめくような夢見がちな少女だったら、そのまま押し通すつもりだったのだろうか。どう考えてもアルバートはリタに対して
「僕はロレンツィ家の
「黄金瞳なら誰も反対しねえ。島民なら誰もが歓迎するし、自分の
エミリオがにやりと意地の悪そうな
「そういうこと。だからきみが本物の黄金瞳じゃなくても、島民たちがそう思ってくれたらそれでいいんだ。別に血統書を見せて回らないといけないわけじゃないしね。僕はきみの衣食住を保証する。きみは僕の花嫁として振る
先ほどとは違う、あけすけな物言い。
手の内を見せた方がすんなり頷くと判断されたのだ。実際、いきなり好きだとか一目惚れだとか言われても信じられないが、はっきり利害関係だと言い切られた方がましだった。
《あなたと結婚して、マフィアの仲間になるんですか?》
「いいや。妻だからといって危険なことに巻き込むつもりはないよ。しばらくは
時々顔を見に行くよ、とアルバートは微笑む。
愛のない結婚だ。とてもわかりやすい。
とりあえず妻の席に誰かを座らせておきたいだけで、ひょっとしたら、アルバートには
「それにね、きみのためでもある」
(?)
「闇市できみを買おうとしていた人間は大勢いただろう? ああいう連中に買われて、見世物のようにされたり、
(……そうしたら、怯えて暮らさなくても済む? 捕まる心配や、食事の心配もしなくてよくなる……?)
「大人しくしていてくれれば、不自由のない暮らしができる」
言いくるめるような言葉だったが、リタに反論する気持ちは起こらなかった。
お金で買ったリタのことを暴力で従わせることもできるだろうが、アルバートはそうしなかった。リタの意志を、一応は尊重してくれている。
どのみち嫌だと言ったところで、リタには行くところも、返す金の当てもない。
《わかりました、あなたの言うとおりにします》
「受け入れてくれて
断られるとは
「ああ、それから、筆談をするのに敬語は必要ない。僕のこともアルバートと呼び捨てで構わないよ。いちいち
そのほうがやり取りもスムーズだ。リタは頷いてアルバートに手帳を返した。
「明日にはカルディア島につく。今夜はゆっくり休むといい。……マーサ」
「はい。さ、リタ。寝室に行きましょう」
マーサに続いて立ち上がる。
なんだか足元がふらつくし、頭がぼうっとした。
(……リモンチェッロってジュースじゃなくてお酒だったんだ。……もしかしたら、食事の時に飲んだ飲み物もお酒……? なんだかすごく
「疲れたでしょう? 安心して、ゆっくり
(安心して……。安心して、いいのかな)
扉の向こうには、銃やナイフを持った人がいる。
初対面の相手の前で眠るなんて危険なのかもしれないと思ったけれど、張り詰めていた心は、食事と酒によって完全にほぐされてしまっていた。
(このまま大人しくしていれば、わたしは静かに暮らせるんだ)
それでいいじゃないか、と疲れ切ったリタの心が自分を
(たとえ相手がマフィアでも、もう、なんだっていいや……)
考えることを
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