第43話 それだけはどうしても譲れねーんだ……

 一限目終了後、俺は麗衣を誘い、屋上へ行くと、吹きすさんだ冷たい風が顔を叩きつける。


「ううっ。今日はさみーな。話があるなら早く済ませちまおうぜ」


 明日から期末試験を控えた3月上旬。


 一時期よりは和らいだとは言えまだまだ寒い。


 確かに早く話を済ませた方が良いだろう。


「そうだね。決勝の前に俺が言った事覚えている?」


「いや……何だっけ?」


「優勝したら一つ我儘があるんだけど聞いてくれないか? って言ったんだけど」


「ああ~っ! そういやぁそんな事言っていたな……わりぃな今まで忘れていて」


 どうやら俺との約束をすっかり忘れていたみたいだ。


「優勝したから、その我儘を聞いて欲しいんだ」


「OK。可愛い弟分の言う事だ。多少無理な願いでも聞いてやるよ」


 俺が緊張している事を察したのか?


 気楽に話せるように気を使ってくれたのか、麗衣は俺の横に立つと肩にシュシュを手首に巻いた褐色の細い腕をかけてきた。


 寒空の下、麗衣の体温が伝わり俺の鼓動は自然と早くなる。


 俺は意を決して麗衣に言った。


「その……おこがましいとは思うけれど、麗衣が今後暴走族とやるタイマンをすべて俺に任せて欲しいんだ!」


 それは麗衣に麗に入れてくれと言った時からの目的であった。


 麗衣を守りたいと思い、見習いとして麗に入れて貰った時の俺は余りにも弱すぎた。


 だが、今の俺はトーナメントで優勝し大抵の相手であれば負けないという自信もある。


 麗衣もその俺を褒め称えていたので俺の事を認めてくれたはずだ。


 今が麗に入った時からの目的を果たす時だ。


「……」


 麗衣から返事は無かった。


「聞こえなかったかな? 麗衣が今後暴走族とやるタイマンは―」


 暫くの沈黙の後、聞こえていなかったのかも知れないと思い、俺はもう一度同じ台詞を言いかけたが―


「駄目だ!」


 麗衣は俺の台詞を鋭い口調で遮った。


 軽く乗せられた程度だった俺の肩を掴む手の力が強くなり、制服越しに麗衣の爪が肩に食い込んだ。


「痛いよ麗衣……もしかして怒らせちゃったかな? ……えっ!」


 肩を掴む力が抜けたかと思うと、麗衣は俺を抱きしめていた。


 麗衣の金髪から流れる香りが俺の鼻腔をくすぐり、俺の思考力を奪った。


「れっ……麗衣? どうしたんだい?」


 怒らせたのかと思ったが、殴られたりする訳でもなく、抱きしめられるという状況に理解が追い付かなかった。


 俺の困惑を感じ取ったのか、麗衣は穏やかな口調で言った。


「……ありがとうよ。武。でも、それだけはどうしても譲れねーんだ……」


 それだけ言うと、麗衣はスッと俺から身を離した。


 何と無く断られる事は想像していた。


 でも、ここで引き下がったら今後も麗衣に危険な目に遭わせ続ける事になる。


 俺は尚も麗衣に食い下がった。


「麗衣。俺はCクラスだけど全勝全KOで優勝したんだ! しかも元空手使いとインターハイ出場の元ボクサーも倒している。もう苛められていた頃のサンドバッグ野郎じゃないんだ! 頼むよ麗衣! 俺はお前を守りたいんだ!」


 俺は麗に入れて貰って以来、麗衣に隠していた本音を伝えた。


「……バーカ! まだCクラス優勝しただけで調子に乗るなよ!」


 Bクラスでピン級、更にAクラスでピン級・ミニフライ級・フライ級の3階級のトーナメントで優勝した麗衣から見れば大した実績ではないのは確かだ。


「そりゃそうだけど……じゃあ、麗衣は約束を破るのかい? ……なっ!」


 突然麗衣は言葉を重ねようとする俺の口に麗衣の柔らかく薄い唇を重ね、塞いできた。


「ちゅっ……」


 麗衣の舌先が俺の唇を割り込むと、俺の舌先に絡みつく。


「んっ……」


 俺は抗う事も出来ず、麗衣の長い口付けを成すがままにさせていると、麗衣はゆっくりと唇を離し、互いの唇からツっと金糸がひいた。


「キスぐらいならしてやるって約束だったからな……試合終わった後のアレじゃあ挨拶程度のモンだったし、ディープなら満足だろ?」


 麗衣は軽く手の甲を自分の唇に当てると僅かながら赤面していた。


「いや、あれは麗衣から言い出した事で俺がしたいって言った事じゃないよ……」


「……そうだよな。武を好いている奴は何人も居るからな。今更あたしのキスなんか要らなかったとは思うけどよ、あたしが出来る精一杯はここまでだ」


 本人は自分の魅力がないと思っているのかも知れないが、俺の本心を知らない麗衣はらしくもなく謙遜するように言った。


 休み時間終了のチャイムが鳴ると、麗衣は俺に背を向けた。


「わりぃけど約束の事はこれで納得しておいてくれ……」


「麗衣! 俺はお前の事が……」


 告白をしかけた俺の言葉に振り返る事も無く、麗衣は屋上から立ち去った。

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