第42話 この鼻血の原因が踏まれたからなのか? あるいはパンツの皺が原因なのか定かではない

 大会翌日の月曜日。


 ダルイけど俺は学校に行った。


 堤見選手に殴られた顔よりも三日月蹴りで突き指した足が痛いがその位で休む訳にもいかない。


 流石に試合翌日という事で勝子との朝練は休むという話になっていたのが救いだ。


 真面目な恵に聞かれたら怒られそうだが、別に授業に出席しなければならないという義務感から登校している訳ではない。


 麗衣に決勝前でした俺の我儘を聞いてもらうという約束を果たしてもらわなければならないからだ。



 ◇



 意気込んで教室に入ると俺は全身の力が脱力するのを感じた。


「御免ねぇ~麗衣ちゃん。私が悪かったよぉ~」


 朝っぱらからウチのクラスに来ていた勝子が甘えた声を出しながら麗衣の年齢不相応に発育した柔らかそうな起伏の上でスリスリと頬ずりをしながら謝っていた。


「馬鹿。昨日試合が終わった後すぐ謝っていたじゃねーか。気にするなよ」


 麗衣はヤレヤレ仕方ない子だなとでも言いたげに勝子の頭を撫でていた。


「おはよう……どうしたの二人とも?」


 状況が理解出来ず俺は訊ねた。


「うーっす武。見ての通りだぜ」


 いや。百合が尊いモノだって事ぐらいしか分からんから聞いているんだけど。


「おはよう下僕武。今麗衣ちゃんと仲直りしているところだから邪魔しないで」


「仲直り? お前ら喧嘩してたっけ?」


「麗衣ちゃんに逆らったから今こうして許してもらっているところなの」


 麗衣ちゃんには絶対服従。


 教室の中で服を脱げと言われたら一切躊躇わずに全裸になる自信があるよ。


 とか言っていた勝子が麗衣に逆らうなんて事あるのか?


 というかそれが許してもらっている姿なのか?


 ……羨ましい。


「大袈裟な奴だなぁ……別に逆らっていた訳じゃないだろ?」


「ううん。もし麗衣ちゃんが私を許せないなら好きなだけヤキを入れて良いからね」


 オイオイ。

 恵が言いそうな台詞を勝子が言うなよ。


「いやいや、何で可愛い勝子にヤキ入れなきゃなんねーんだよ? それにあの状況じゃあ勝子と同じ行動をとる奴のが多いと思うぞ」


 話に置いてけぼりなので麗衣に訊ねた。


「なぁ、麗衣。話が見えてこないんだけど何の話?」


「ああ。お前にも関係ある事だから聞いてくれた方が良いかな?」


「俺に関係ある事?」


 何か俺しでかしたっけな?


 ……まさか!


 いっつも昼飯中に麗衣のパンツを勝子と一緒に覗いている事でもバラされたのだろうか?


 ここは自分から謝った方が全殺しを半殺しぐらいに加減してくれるだろうか。


「御免! 毎日麗衣のパンツの柄と色をチェックしていたの黙っていた!」


 俺が麗衣に向かって勢いよく土下座すると試合で見せるカウンターよりも早く俺の後頭部に麗衣の上履きの凸凹としたゴムの感触がめり込み、床で鼻がせんべいの様に押し潰された。


「……その話は後でじっくり聞いてやるけど、今話しているのはそんな事じゃねぇよ。そもそも勝子が何でそんな事で謝る事あるんだよ」


 いい加減に勝子の変態ぶりに気付けよ!


 それはとにかく、麗衣が俺を踏みつけていた足の圧力が去り、視線を少し上げると位置的に丁度麗衣の丈がやたらと短いスカートの中が覗いた。


 ふむ。今日は白か。


 若干きつそうなパンツの皺には体の中心部に沿って縦筋が食い込んでいる様に見えた。


 全国の理不尽な目に遭っている下僕の諸君みたまえ!


 これが踏まれても只で起きない正しい下僕の在り方なのだよ!


 俺の視線に気づいた勝子の表情が少し羨ましそうに見えた。


「で、結局お前等が喧嘩していた理由は何なんだよ?」


 俺は顔を上げ、鼻血をボタボタと垂らし、床を赤く染めながら麗衣に聞いた。


 この鼻血の原因が踏まれたからなのか? あるいはパンツの皺が原因なのか定かではない。


「……その前にお前大丈夫か? 自分でやっておいて何だけどスゲー出血だぞ?」


「この程度の出血で得られたモノを考えれば安いもんだよ」


「……頭も強く打ったのか? よく分かんねーけどやりすぎて悪かったよ。とにかくこれで鼻血押さえとけ」


 麗衣がポケットティッシュを渡してくれたので、俺は鼻栓を作り、両方の鼻に突っ込んだ。


「保健室行かなくて大丈夫か?」


 麗衣が心配そうな表情で見下ろしてきた。


「ああ。堤見選手のパンチに比べれば如何って事ないさ」


「そりゃそうだろうけど……もう土下座は良いから立てよ」


 麗衣が手を差し伸べて来たので立たざるを得なかった。


 立ったらパンツが覗けないじゃないか。


 そんな台詞を飲み込んで、俺は渋々と麗衣の手を握り立ち上がった。


 さらば我が青春の白パンよ!


「で、麗衣のパンツ覗いていたのが原因じゃないとしたら何が理由なの?」


「……何かブン殴りたくなる聞き方だけど今だけは勘弁してやる。勝子と揉めたのはお前の試合中の事だよ」


 ああ。そう言えば勝子はタオルを投げようとしていたけれど、麗衣がそれを止めさせていて、何か言い争っていたな。


「御免ね麗衣ちゃん。私はあの時、もう駄目だと諦めてたから」


「いや。勝子が本気で武の事を心配していることが分かって嬉しかったぜ」


「そ……そんな事ないよ」


 勝子は狼狽していた。


「あの時の勝子ってばよおっ……泣きそうな顔で『ダメ! これ以上やったら私の武が死んじゃう!』って言っていたもんな。何時の間にかお前等そんな仲だったのか?」


 麗衣はニヤニヤしながら言うと勝子は顔を真っ赤にしながら手を前に出してオーバーリアクション気味に両手を振った。


「あっ……アレは言葉の綾ってヤツだよ! 私の下僕だし、麗衣ちゃんの下僕だし。武は私たち二人のモノでしょ? でも死んだら困るから試合を止めようと思っただけだよ!」


「はははっ! まぁ、そういう事にしておいてやるよ」


「もぉーっ……麗衣ちゃんのイジワルぅ! 私が大好きなのは麗衣ちゃんだけだよ!」


 勝子は拗ねた子供の様にぷくーっと頬を膨らませ、再び麗衣の胸の谷間に顔を埋めた。


「ったく、仕方ねーな……麗のサブリーダーは甘えん坊で……」


 麗衣はよしよしと再び勝子の頭を撫でてやり始めた。


 俺や他の人には基本的に当りが強い勝子が麗衣の前ではまるでペットだ。


 いや、猛獣使いと猛獣か。


 とにかく、この二人が言い争っていた姿は夢を観ていたのではないかと錯覚してしまう程仲が睦まじかった。


 そんな会話をしているとホームルーム開始を告げる鐘が鳴った。


「オイ鐘鳴ったぞ。勝子は教室に戻れ」


 麗衣の台詞で勝子は名残惜しそうな表情で麗衣から離れた。


「うん。じゃあまた昼休みに一緒にご飯食べようね」


「ああ。またな」


 勝子は俺をわざとらしくシカトして麗衣にだけ手を振って教室から出て行った。


「麗衣。1限目終了後に少し時間くれないか? 出来れば屋上で話がある」


「ああ。分かったぜ」


 麗衣は軽く頷くと自分の席に戻って行った。

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