第41話 感想を聞きたいんだ

 大会が終了し、麗のメンバーと別れると、帰り道にハーレー仕様に改造されたバルカン400に跨った見覚えのある長身の女性が俺に声をかけてきた。


「久しぶりだな。小碓」


 ショートヘアで肩幅が広く、170センチ代半ばは身長がありそうな長身の女性は親しい間柄ではなく、寧ろ敵に近く関わりたくないが、恩人でもありお世話になっている姫野先輩の妹でもあり、無視するわけにもいかなかった。


「環先輩ですか……何か俺に用ですか?」


 織戸橘環。


 姫野先輩の一つ歳下の妹で、かつて俺とタイマンして、俺を全く寄せ付けなかったアマチュア女子格闘技で最強と言われる人だった。


「試合観ていたよ。低レベルな試合だけど、特に最後の試合なんか素人受けしそうな面白い試合ではあったね」


「相変わらず人を見下したような言い方ですね」


「仕方ないでしょ? 私の方が全てにおいて上だから見下ろすことしか出来ないんだから」


 傲慢を絵に描いたような言い方であるが、否定する事が出来ない俺の弱さが恨めしかった。


「環先輩らしいですね……で、俺に何か用ですか?」


「別に用なんかないさ。只、感想を聞きたいんだ」


「感想?」


「選手として試合に出てどうだったか? 二度とやりたくないとか思ったか?」


 俺が試合に出たのは格闘技の大会で実績を作り、麗衣に認めさせる事ではあったが―


「正直最後の試合は何度も心が折れそうになりました。ですが、強敵と戦えて楽しいとも感じていたかも知れません」


「そうか……ソイツは良かったな」


 環先輩は俺の肩に手を置いた。


「今はまだ周佐と師弟ごっこや美夜受の騎士ナイトをしてやるのも良いだろう。でも飽きたら何時でもに来い。その時は私がお前を一流の選手にしてやるよ」


「師匠なら既に間に合っていますのでお断りします」


「周佐の事か? アイツは駄目だ。アイツはお前を見誤った。まだ美夜受の方がお前の事が見えているみたいだな」


 勝子がタオルを投げようとしていた事を言っているのか?


「アイツはお前を信じていなかったが、私はお前が必ず勝つと信じていた」


「それは光栄な事ですが、何でそこまで信じていたんですか? あの状況じゃこれ以上続けても無駄だと思うのが普通だと思いますが?」


「私に良い一撃を当てたお前があんなところで負けるはずがないからな」


 まぁ、この人の基準だとそんな所だろう。


「勝子が俺を信じる事が出来なかったのは全部俺のせいなんですよ。アイツは俺の弱さを知っている。逆に麗衣は俺の強さを知っている。だから二人で違う反応だったのは仕方ないんです」


 勝子は自殺をしようとしていた弱弱しい俺の姿を知っている。


 その弱弱しい俺が、暴走族との喧嘩を経験し、麗に入れてくれと頼んだ俺の強さを麗衣は知っている。


 これは部外者の環先輩には一生理解できない事だろう。


「お前の言う事がよく分かんないね。まぁ良いさ。お前は選手を経験する事で勝利の味と、光の当たるところで称賛される喜びを知った。喧嘩で満足していた今までのお前のままじゃいられないだろう」


 環先輩はヘルメットを被ろうとしたが、その手を止めて思い出す様に言った。


「そうそう。お前に恨みがあるっていう奴とジムで知り合ってね。才能は欠片もないし、クソ弱いけど根性だけはある奴だったな」


「それってまさか棟田の事ですか?」


「ああ。だからアイツに請われて戯れに暴走族の残党やらを纏めるのを手伝ってやったけどな」


 棟田が鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードの親衛隊連中を纏めていたのはバックに環先輩が居たという事か。


「成程。棟田如きが鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードの残党を纏められるわけがないと思いましたが、貴女が裏で糸を引いていたのですね」


「別に糸を引いていた訳じゃないよ。アイツは自分一人で纏めたかのような言い方をしていたのかも知れないけどね」


「細かい事はどっちでも良いです。それよりか、環先輩は今後も麗と敵対するつもりですか?」


「いや、棟田がお前個人じゃなくて、麗の連中と揉めるのは正直想定外だったからね。そもそも姫野君が居るのに麗と戦争する訳ないだろ?」


「じゃあ、棟田に協力する事は今後無いって事で良いですか?」


「ああ。アイツのヤンチャには付き合わない事にしたよ。お山の大将には興味が無いしね」


「というか、何で環先輩がそんな事をしたのですか? 不良の喧嘩には興味が無いのでは?」


 環先輩は以前、麗衣と関わるのを止めて選手を目指せと言っていた。


 そんな事を言っていたのに、何故この人から不良の喧嘩に関わる様な事をしたのだろうか?


「そうだな。棟田に惚れた……って理由なら納得するか?」


「真面目に答えてください」


「あ。流石に嘘だって分かるか」


「そんな理由信じる奴は居ないでしょう」


「当たり前かもしれないけどアイツもひどく嫌われたものだな……、真面目に言えばお前等の味わっている世界に選手以上の楽しい事があるのかな? お前や美夜受達が過ごしている世界がどんなものなのかな? って少しだけ興味を持ってな」


「……で、環先輩としては如何感じたのでしょうか?」


 さっき問われた当てつけで環先輩に訊ねた。


「何も感じないね。やっぱりカスばっかり苛めても面白くないわ。お前らの事が到底理解できないよ」


 それがきっと正しい感覚なのだろう。


 でも、何が正しいかなんて俺には如何でも良い事だ。


「環先輩。俺は今後も本物のキックボクサー目指しますよ。貴女にも負けないくらいのね」


「へぇ……それは楽しみだね。そういう事なら冗談抜きに応援してやるよ」


「ですが、アスリートとしての強さを極めたいだけの貴女とは目的が違います。それが麗衣を守ってやる近道だからです」


「少しは成長したかと思ったら相変わらず昭和生まれみたいな頭してるね……まぁ今はそういう事にしておいてやるよ」


 環先輩はバルカンのエンジンをかけると自分が座るバイクシートの後ろをポンポンと叩いた。


「前はボコって悪かったな。仲直りのツーリングでもするか?」


「俺も貴女も勝子に見られたらボコボコにされると思うので止めときます」


「確かにそれは怖いねぇ~。デートは別の機会に誘うとするか」


 おどけたように言い残すと、環先輩はヘルメットを被りバルカンを走らせた。

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