第44話 勝子に何があったのか聞かれた

 昼休み。麗衣は屋上にやって来なかった。


「……麗衣ちゃんが来ないね。下僕武。アンタ何かあったか知らない?」


 昼休みが始まると、勝子は俺に訊ねてきた。


 幸いクラス委員の仕事とやらで遅れると言っていた恵はこの場に居ない。


 勝子にならば言っても良いと思い、俺は先程の出来事を話す事にした。


「実は俺、麗衣に大会で優勝したら我儘聞いてくれって頼んでいたんだよ……って、わあっ!」


 すると勝子は不意に俺の襟首を掴み、首が折れそうな勢いでブンブンと振り回しながら耳元で怒鳴った。


「まさか! 私を差し置いてエッチなお願いしたんじゃないでしょうねぇ! ずるいずるい! 私だって麗衣ちゃんとあんな事やこんな事をお願いしたい気持ちを修行僧の気持ちで堪えているのにぃ!」


 あんな事やこんな事って何やねん!


 それはとにかく、他の人が見たら今の俺は酸欠状態でチアノーゼが出ているような顔に見えただろう。


「おっ……落ち着け勝子……話せばわかる……」


 意識が遠のきかけながら、何故か俺は浮気がばれた亭主の様な言い方になり、勝子は益々狂暴化した。


「これが落ち着いていられる訳ないでしょ! きっと下僕に穢された麗衣ちゃんはショックを受けて下僕武と話をしたくないに違いないよ!」


 勝子の拳がグーで固められたので、命の危機を感じた俺は首を振り、舌を噛みそうになりながら反論した。


「そんな事言ったら俺、今ここじゃなくて病院に居るはずだろ!」


「……あっ。確かにそうね。救急車を通り越して霊柩車に乗っていても仕方ないよね」


 それはお前に絡んだ場合だろ?


 というツッコミはとにかく、勝子は俺をまるで興味を無くした玩具の様に放り投げた。


「で、アンタは麗衣ちゃんに何をしでかしたの? 話によっては全殺しを半殺しで許してあげるから」


「げほ……ごほっ……何で俺が悪い事した前提なんだよ?」


 心の底から俺って信頼されていないよな……。


「だって、私だったら絶対に麗衣ちゃんにエッチなお願いをするもん。アンタだってそうでしょ?」


「お前みたいなド級変態と一緒にすんな! ……ぶぺらっ!」


 勝子の裏拳が俺の鼻頭を打ち貫いた。


「で、何を麗衣ちゃんに言ったの?」


 俺の鼻を潰しかけるに至って、ようやく勝子は真面目に話を聞く体制になった。


「何もやましいお願いなんかしてないよ。麗衣が今後暴走族とやるタイマンをすべて俺に任せて欲しいって言っただけだよ」


 すると今まで何処かふざけていた様子だった勝子の顔色が変わった。


 黙り込んだ勝子を見て、俺は不吉な予感がした。


「なぁ勝子? 俺なんかマズったのか?」


「……一応聞くけど、麗衣ちゃんはアンタの願いを断ったのよね?」


「ああ。歯牙にもかけられなかったよ」


 勝子は一つ小さく溜息を吐いた。


「馬鹿ね……。多分麗衣ちゃんの事だから嬉しいと思っただろうけれど、同じぐらい悲しいって気持ちになったんじゃないかしら」


「如何いう事なんだ?」


 勝子の言わんとする意味が全く分からず、訊ねた。


「そうね……明日から期末テストがあるし、期末テスト最終日にテストが終わったら私に付き合いなさい」


「どうしてだよ?」


「ある場所に連れて行くから。そこで麗衣ちゃんが暴走族潰しをする理由を教えてあげる」


 麗衣本人からいずれ聞こうかと思っていたが、何と無く聞いてはいけない事だと思い聞けなかった事だ。


 麗衣との付き合いが俺よりも長い勝子からその事を聞かせて貰えるのはありがたいが、どうせならばすぐにでも教えて欲しかった。


「いや、気になるだろ? 今日教えてくれよ?」


 俺が訪ねると勝子は呆れた表情を浮かべた。


「期末テスト如何するの? アンタだって進学クラスに行きたいって言っていたじゃない? もう少し頑張れば進学クラスに行ける成績でしょ?」


「まぁ……そうだけど」


 俺達が通っている学校は入学時の成績によりクラス分けされ、基本的に内申や入試時の成績が良い順にA、B、C、Dクラスの順に割り当てられ、勝子が所属するBクラスは二番目に頭の良いクラスで、俺と麗衣、恵の所属するDクラスは一番成績が悪いか、スポーツ推薦で入学した生徒が集まっている。


 つまり俺のDクラスは学力底辺のクラスであり、その影響もあってか、他のクラスよりも棟田の様な不良が居る比率が高いのだ。


 2年になると理数系クラスがあり、理数系クラスへの進級希望者の中で成績上位の45名が理数系クラスへの進級が可能だ。


 また、文系の進学クラスもあるので、これは文系希望者の上位45名がこのクラスへの進級が可能である。


 今こそ無くなったが、苛められていた環境から少しでも逃れる為に俺は文系の進学クラスへの進級を望んでいた為、勉強はかなり頑張っているつもりだが、苦手な理数系の成績がどうしても伸びず、中途半端な順位にとどまっていた。


 俺達の学年は生徒総数180人であり、理数系クラスの希望者数によるが、俺は全体で80位だったので、文系の進学クラスへ進級できるか微妙なラインで、最低限この成績を死守する必要があった。


 一般の生徒達が部活動は休みの期間にも関わらず、試合の為にキックの練習をしていた俺はこの成績すらキープできるか怪しい。


「安心して。私は約束破ったりしないから。それより今は試合が終わったばかりで大変かもしれないけれど勉強に集中しなさい、それにね……」


 勝子は屋上の柵から校舎の下を眺めると低い声で言った。


「麗衣ちゃんには悪いけれど、私が教えようとしている事は黙っていてね」


 恐らく麗衣の意に反するような事なのかもしれないが、それを敢えて伝えようとする勝子の決意は相当の物なのだろう。


「あっ……ああ。分かった」


「こんなに頑張っているんだから……そろそろ武にも教えておくべきだと思っていた頃だからね」


 勝子は独り言のように呟いていた。

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