第37話 トーナメント決勝戦(2)
「ダウン! ワン……」
ダウンを宣告したレフェリーはカウントを数え始めた。
三日月蹴り。
俺が堤見選手対策に習得した技の一つだ。
この蹴りは同じ中段を狙い脛で蹴るミドルキック等と比べ10センチから20センチも距離が伸びるらしい。
幾ら蹴りを習得しようが、元ボクサーである堤見選手が基本的にはパンチによる接近戦狙いなのは予測できたので、遠距離で相手が近づけない距離から攻撃するには三日月蹴りが適していた。
レッグガードを着けるというルール上、ボクサー殺しであるローキックもミドルキックも大して効果が無い事を想定していた俺はアマチュアキックのルールでも相手に確実にダメージを与える武器を取得する事にしたのだ。
階段ダッシュにより足腰を鍛えるとともに素早い蹴りを出せる為に訓練し、勝子にやらされた鉄下駄をつけての前蹴り練習もスムーズに蹴りを出すための練習となった。
そして、三日月蹴りのフォームを覚えると、いきなりサンドバッグを蹴っても突き指をするから爪先立ちや、マットを指でトントンと強く叩いてから徐々にサンドバッグを強く蹴る練習を行った。
三日月蹴りで当てる中足はレッグガードで覆われていない為、当たればダイレクトにダメージを与えることが出来る。
堤見選手にアマチュアボクシングの経験があり、キックにも適応してきたとは言え、まさかCクラスのキックボクサーにこんな武器があるとは思いもしなかっただろうし、この面ではなく点で突かれる様な痛みは始めての経験のはずだ。
「ワン! ツー! ス……」
カウント3で試合終了と思いきや、流石優勝候補。
スクっと立ち上がると、レフェリーに「やれます」とはっきりと言っていた。
「ファイト!」
レフェリーは試合を続行した。
あと一回ダウンでこちらのTKOになるが、堤見選手は蹴りの距離では不利であると判断したのか、果敢にも突っ込んできた。
1ラウンド90秒しか試合時間がないから敵も必死だ。
こちらとしては三日月蹴りで相手の肘狙いを続けるという手もあるが、突き指をしたのか?
親指に激しい痛みが走った。
「くそっ!」
痛みで蹴りを躊躇した俺はあっさりと堤見選手のパンチの距離まで接近を許してしまい、ビール瓶を振り回すようなパンチを連打してきた。
「くっ!」
俺が両腕のガードを上げて防ぐが、殴られた腕がビリビリする。
マジでこれが16オンスのグローブのパンチ力か?
インターハイ出場の看板に偽りなく、そのパンチの重さ、硬さ、何よりも痛みは未知の領域であり、今まで経験した喧嘩やスパーリング、試合では感じた事のない恐怖が俺の体を硬直させた。
その隙を百戦錬磨の元ボクサーが見逃すわけがない。
堤見選手はビビリきって動けない俺の懐に入ると、顔一つ分ずらして前側に体重移動し、腹の下側からボディフックを放つと、ガードを固めたまま硬直した俺の空いたレバーにパンチが突き刺さった。
「ぐふっ!」
肝臓を強く握りつぶされたような苦しさで息が止まり、今度は俺が膝を着いた。
「ダウン! ワン!」
レフェリーがカウントを数え始める。
カウント3ではプロの試合の様にカウント8まで休むという事も出来ない。
ダウンの応酬で沸き返った観客の歓声でセコンドの勝子や恵が何を言っているか分からなかったが、麗衣の声だけがハッキリと俺の耳に届いた。
「あたしの下僕なら立ちやがれ!」
麗衣は泣きそうな顔をしていた。
止めろ!
お前にそんな顔は似合わねぇよ。
惚れた女にこんな顔をさせちゃいけねえ。
俺は麗衣の声で弾かれる様に膝を思いっきり殴り、別の痛さで苦しみを誤魔化すようにして無理矢理立ち上がった。
レフェリーは3カウントを数えかけたところだったが、立ち上がった俺の目を見ながら訊ねた。
「まだやれるか?」
「ハイ! 大丈夫です!」
ファイティングポーズを取った俺が力強く頷くと、俺の目を見ながらレフェリーも頷くと俺から離れた。
「ファイト!」
猛然と堤見選手が突っ込んでくる。
何とか立ち上がったとは言え、今の状態で一発でも喰らえばKO負け必死だ。
堤見選手のパンチが届く間合いに入ったその時、試合終了のゴングが鳴り響いた。
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