第38話 トーナメント決勝戦(3)

 レフェリーが俺と堤見選手の手首を握る。


 判定結果はどちらが勝利なのか?


 初っ端こそ良いストレートを喰らってしまったが、前半は俺が押してダウンを取り、後半は堤見選手がダウンを取り返した。恐らくあと十秒試合時間が長ければKOされてしまった可能性が高かった。


 こちらの方が有利な時間が長かったような気はするが、腕への攻撃がポイントになるムエタイはとにかく、アマチュアキックボクシングのルールではどうなるのか?


「ドロー! 延長ラウンドに入ります!」


 結果はドローであった。


 これから1分30秒の延長戦が行われる。


 トーナメントなので引き分けは無く、勝敗をはっきりさせる必要がある。


 既に2試合している上に、3試合目の延長ラウンドは長引けば体力切れになる可能性が高い。


 その点ボクシングでインターハイ出場の堤見選手はトーナメント慣れしていて有利であり、スタミナ切れなど期待できない。


 足の親指が痛いなんて言っていられない。


 短時間で体力がなくなる前に叩く。


「ファイナルラウンド! ファイト!」


 延長戦のゴングが鳴った。


「武! 接近戦になったらアレを使いなさい!」


 勝子は俺の親指の状況を察したのだろう。


 三日月蹴りではない、もう一つの奥の手を使う事にした。


 堤見選手と俺がジリジリと距離を詰める。


 俺が手を伸ばすと、堤見選手はグローブに軽くジャブを当てる。


 一歩踏み込めばパンチが届く距離で、堤見選手は大きく踏み込んで右ストレートを打って来た。


 ボディストレートか!


 膝蹴りでカウンター出来ないルールでは有効なパンチかも知れないが、ボクシングクラスの練習で慣れている動きだ。


 俺は浅く踏み込み、上から下に腕を回転させながら外側から内側に振り下ろす松濤館流や極真空手で言う*中段外受けで堤見選手の腕を強く叩きつけると、堤見選手は体が流れ体勢が崩れた。


 更に俺は身体を横に向け、上げた膝を90度ぐらいに折りたたみ、堤見選手の太腿の中間よりも少し上あたりを踵で踏みつけた。


「ダウン!」


 堤見選手は膝を着き、レフェリーはダウンを宣告していた。


「決まった! 凄いです!」


 観客席から静江の声が聴こえてきた。


 ヴァレリーキック。


 ブルガリアの神童と呼ばれている新極真会のヴァレリー・ディミトロフが得意とする蹴りで、簡単に言えば踵落としを太腿に当てるローキックだ。


 俺は遠めの間合いから敢えてパンチを誘い、キックボクシングのパリングではなく空手の中段外受けで強く相手の腕を打つ事により体勢を崩し、中段外受けの時も蹴りの為に踏み込みも浅めにして、カウンターにヴァレリーキックを放ったのだ。


 中足もそうだが、踵もレッグガードで守られていない為、アマチュアキックのルールでも大ダメージを与えられると思い、フルコンを使う静江に教わっていたのだが想像以上に効果があった様だ。


「ワン!……ツー!……ス……」


「うおおおっ!」


 堤見選手はレフェリーのカウントを遮る様に奇声を上げながら立ち上がると、ファイティングポーズを取った。


「まだやれるか?」


「ハイ!」


 力強く頷く堤見選手の目はまだ死んでいない。


「ファイト!」


 試合が再開される。


 脚の力が入っていない様に見えるが、何と堤見選手はスイッチして左ミドルキックを打ってきた。


「ぐっ!」


 思わず腕で受けてしまったが思いの外重い。


「返しを打って!」


 勝子の指示で俺は三日月蹴りを返しにガードを打つと、親指が砕けるような痛みが爪先から脊髄を走り頭部まで貫いた。


 堤見選手の左腕が下がったが、俺は稲妻が駆け抜けた様な痛みでこのチャンスを追撃出来なかった。


 チャンスを逃した俺を見逃す程堤見選手は甘くない。


 距離を詰めて、1ラウンド目にダウンを取られたコンビネーションであるワンツーで腕を叩き、俺のガードを上げさせてから左ボディを突き刺す。


「ぐうっ!」


 肝臓を掴まれた様なボディブローで、今度は俺がマウスピースを吐き出した。


 だが、堤見選手は単発で終わらず、情け容赦無く俺のボディを叩き続ける。


 真っすぐ下がり続けた俺は気付けばコーナーポストに追い詰められ、サンドバッグになっていた。


 俺は耐えきれなくなり、ガードを下げた瞬間、赤いグローブが俺の視界を塞ぎ、次の瞬間、鼻を潰される衝撃とコーナーポストに挟まれる衝撃で腰が落ちていた。



◇◇



*中段外受けは松濤館流の名称ですが、全日本空手道連盟では中段内受けと呼びます。内側に弾くので内受けの方がイメージ的にしっくりくるのですが本文にある様に極真空手でも中段外受けと呼んでいるのでそちらの呼び方にしました。

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