第36話 トーナメント決勝戦(1)

「只今よりバンタム級Cクラストーナメント決勝を行います。青コーナーActive-Network八皇子ジム所属、小碓武!」


「「「「武先輩頑張って!」」」」


 中学生チームの歓声とともに。


「武君頑張れ!」


「小碓! 折角来てやったんだから負けんじゃねーぞ!」


 何時の間にか来ていたのか、姫野先輩や亮磨先輩も澪たちの隣に座り、歓声を上げていた。


「小碓! 話題のダイナマイトパンチ見せてくれ!」


「ボクサーなんかに負けるなよっ!」


 全試合全KO中の為なのか?


 あるいは優勝候補の堀田選手を倒したからなのだろうか?


 麗のメンバー以外の観客からもチラホラと歓声が聞こえてきたが、そんな中でも中学生組の声援は少しばかり熱がこもり過ぎていた。


「優勝したら私とデートしてください!」


「優勝したらボクにちゅーさせてください!」


「優勝したらオレにお尻ナデナデさせてください!」


 熱烈すぎる歓声に居たたまれない気分になった俺は麗衣達の方を見ると苦笑いをしていた。


 場も弁えない歓声は俺の緊張をほぐす為の物だと信じよう……。



「赤コーナーActive-Network街田ジム所属、堤見修二つつみしゅうじ!」


「「「「堤見っ! 頑張れよおっ!」」」」


 堤見選手の紹介が終わると、複数の太い声援に引き続き、数々の歓声が沸き起こった。


「待っていたぞ堤見! 本物のパンチを見せてやれ!」


「流石の小碓も堤見のパンチには敵わねーぞ!」


「あんなタラシ野郎ぶちのめせ!」


 ……勘違いして俺を敵視している一部のヤジはとにかくとして、堀田選手の時と同じく、優勝候補と言われている堤見選手の声援は俺に対する応援よりもやはり多かった。


「ラウンドワン……ファイト!」


 試合開始のゴングと共に、堤見選手は飛び出してきた。


 セオリーのジャブからではなく、いきなりこちらの首を刈らんばかりのロングフックを放ってきた。


 俺はスウェーで上体を躱し、攻撃を避けると大きめのグローブが俺の頬を掠めた。


 初っ端から打ち合いに持ち込むつもりなのか?


 先ずは相手を観ようかと思ったが、こんな戦い方をしてくるのは予想外だった。


 こちらのペースを惑わせるのが狙いかもしれないが、そうは行かない。


 俺は逃げずにサイドに踏み込み右のローキックを放つ。


 ボクサー殺しのセオリーであるが、堤見選手は片膝を上げてきっちりとローキックをカットしてきた。


 伝統派空手の習性が抜け切らなかった堀田選手と違い、堤見選手はきちんとキックボクシングに適応しているのだろうか?


 堤見選手は上体を後方に倒しつつ、蹴り足側の手を反対側の膝の横に持っていきながら膝を引き上げ、手を勢いよく振り戻しながら、大きく外側から蹴り上げる様にして、最頂点まで蹴り上げた膝を大きく捻って斜め下に真っ直ぐ蹴りを振り下ろしてきた。


 この気持ち悪い軌道の蹴りは女子会で何度も見た蹴りなので、俺は奥足を一歩引き、奥手で顔をガードしながら、上体を反らして斧の様に振り下ろされた蹴りを躱した。


「オイ! 人の技真似ているんじゃねーよ!」


 ブラジリアンキックが得意な澪は声を荒げていた。


 別に澪の真似をした訳じゃないだろうというツッコミは試合中だから当然出来なかった。


 ブラジリアンキックが今さらキックボクシングで有効な蹴りかどうかは大した問題ではなく、重要なのは元ボクサーの堤見選手が蹴りをカットする技術だけでなく、きちんと蹴りの技術を身に着けているという事だ。


 ブラジリアンキックはその分かり易いデモンストレーションと言ったところで最初から当てるのを目的としたものでは無いだろう。


「武! 落ち着け! そんなのコケ脅しだ!」


 それは理解している。


 パンチだけではないと見せつけるつもりだろう。


 舐めるな!


 俺はステップインしながらフェイントをかけ、拳一つ分頭を横にずらしながら右ストレートを放った。


 頭の位置も変えずに真っすぐにパンチを打てばカウンターの餌食だからだ。


 だが、次の瞬間、俺はこめかみにビール瓶で殴られたような激痛が走り、目にチカチカと星が走った。


 堤見選手は俺のパンチを躱しながら、ずらした頭の位置に正確にパンチを打つカウンターを放ってきたのだ。


 これは見てから狙って打てるパンチではなく、恐らく俺が頭の位置をずらす事を予測していたのだ。


 Cクラスのキックボクサーなんて頭の位置もずらさないで顔も真っすぐの位置のままパンチをしてくるのが普通だから、俺が頭をずらしてパンチを打つ事を読み、尚且つパンチを当ててくるなんてプロでも難しいレベルではないか? 少なくてもCクラスのレベルは超越していた。


 あるいは俺の試合を研究されていて、癖を読まれていたのか?


 まさか無名のCクラスの選手を警戒していたのか?


 だが、ガンガンに響く頭痛で思考は遮られ、そもそもゆっくりと考えている時間はない。


 グラグラとして気が遠くなりそうになったが、勝子の「クリンチしろ馬鹿!」という声に意識を引き戻され、俺は堤見選手に抱き着く様にしてクリンチした。


 堤見選手はクリンチされながらも脇腹を叩く。


 元ボクサーだからなのか、慣れているみたいでこれが結構痛い。


 だが、Cクラスのルールではプロの様な首相撲やAクラスの様に掴んでからの顔以外への膝一発だけは許可されているルールとは違い、この距離では脇腹を叩くか足払いぐらいしか出来ないので助かった。


「ブレイク! ブレイク!」


 レフェリーに引き離され、試合は続行になった。


 16オンスのグローブとヘッドギアを着けながらも、今まで喰らったパンチの中で一番痛いパンチであった。


 単純なパンチ力で言えば亮磨先輩よりも上かも知れない。


 だが、耐えきれない程ではないし、これはボクシングではない。


 俺がパンチ以外にも積み重ねてきた練習の成果を出し切る時が来たのだ。


「せいっ!」


 俺がローキックを放つと、やはり堤見選手はカットして来る。


「馬鹿が! 元ボクサーだからってローキック対策もしてねーと思ったか!」


 堤見選手の応援と思しき人から俺を罵倒する声が上がる。


 そんな事は言われなくても今対戦している俺が一番分かっている。


 それに、レッグガードを着けた脚ではローキックは余程蹴りの威力が無い限り、当てたところで効果が低く、ボクサー殺しの武器にはならない事は始めから想定済みだ。


 ならば、この難敵をどう攻略すればよいか?


 アマチュアキックの安全対策には無い抜け道を突けばよい。


 俺は右手を左耳側の方に振り上げ、上体を捻り、腕を肘からリードしながら勢いよく斜めに振り下ろし、膝を前蹴りの要領で引き付けると、そのまま腕を一気に振り下ろしつつ、身体のバネを解放しつつ、少し斜め外側から中足で堤見選手の肘を蹴り飛ばした。


「つうっ!」


 堤見選手は眉をしかめた。


 俺はこの蹴りを2発、3発と腕に連打すると、堤見選手はじりじりと引いて行った。


「堤見! 只の前蹴ティープりだ! ダメージは無いからビビらないで相手にプレッシャーかけろ!」


 相手側のセコンドはそんな事を怒鳴っていたが「馬鹿ね。アレが只の前蹴ティープりの訳ないじゃない」と、勝子は相手側に聞こえない様な声で言っていた。


 そう、これは前蹴ティープりではない。


 麗衣であればミドルキックで腕のガードを破壊するだろうが、俺のミドルにはそこまで威力が無いし、そもそもレッグガードで威力が軽減してしまう。


 だから、俺は別の蹴りで堤見選手の腕を破壊する事にしたのだ。


 腕を破壊される恐怖で焦った堤見選手は強引にパンチを打たんと踏み込んで来たが、まだパンチの距離は遠い。


 俺は前蹴ティープりとミドルキックの中間の軌道で蹴りを放つ。


 遠い距離から三日月の軌道を描いた俺の蹴りがレバーに突き刺さった。


「ぐうっ!」


 堤見選手はマウスピースを吐き出すと、苦し気にマットに膝を着いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る