第31話 昼休みにやっている補強トレーニング

 昼休み、俺は勝子が教えてくれた方法で練習を行っていた。


 学校へ行く途中にある緩やかな上り坂でジャブを突きながらステップで登っていく練習と、逆にジャブを突きながらステップで下っていく練習だ。


 伝統派空手ではチューブを体に巻き付け、刻み突きをしながら打ち込む練習はよく知られているが、チューブ無しで練習するには坂道を利用すればいいと勝子が言っていた。


 この伝統派空手で行われる練習を下半身の筋力が強化の為に取り入れたのだ。


「武! ジャブの打ち込みが雑になっているよ!」


 上り坂でも正しいフォームでスピーディーに打てと、勝子から口うるさく言われたが、他の生徒達にもジロジロと見られて結構恥ずかしい……。


「段々ステップの速さが遅くなっているよ! 最後まで平地と同じスピードで打って!」


 好奇の視線に耐え、勝子に注意されながら、坂道を登りきると、次は下り坂を同じ要領でステップしながらジャブで降りていく。


 これが平地でステップする時よりもスピードが増す。


 このスピードを体感し、体に覚えさせることにより、試合でもスピードが増すと勝子は言っていた。


「ジャブのコントロールが悪くなっているよ! 雑に打たないで!」


 スピードが増すとどうしてもジャブの精度、コントロールが悪くなってくる。


 体幹が強くないとスピードに負けて体がブレてしまう。


 等々、勝子から色々とダメ出しを喰らった。


「これ、急斜面でやった方がもっと負荷がかかって鍛えられるかな?」


「馬鹿! 急な坂道で上りの打ち込み練習やると余計な部位に筋肉がついて逆効果なのよ」


 登って初めて坂道だと分かるぐらいの緩やかな傾斜が理想らしい。


 下りの打ち込み練習も終わると、俺は勝子が持っているものを見て嫌そうな声で聞いた。


「ねぇ勝子……本当にやらないと駄目なの?」


「駄目よ。やりなさい」


 にべもなく勝子から16オンスのグローブを渡された。


「只でさえ恥ずかしいのにグローブつけながらやるって……」


「空手じゃないからね。試合を想定してグローブ付けた方が良いでしょ? それに重いからグローブ外した時ジャブがマッハのスピードになるわよ」


 そりゃ言いたいことは分かるけど、ジムならとにかく、外でグローブをつけてパンチの練習って結構恥ずかしい。


 俺はヤケクソになって勝子に言われるまま、グローブをつけてジャブを打ち込みながら坂の上り下りの練習を行った。


 次は階段ダッシュ。


 階段を昇り、蹴るイメージを持ちながら、腿上げのスピードと階段を駆け上がるスピードの両方を意識して行う。


 体力強化とスムーズに強い蹴りを打てるようにするのが目的だ。


 蹴りの際の腿を上げる動作をスムーズにするには低い階段では意味がないので一段飛ばしで階段を昇る。


 試合前にやっておくと、当日蹴りがスムーズに出るようになるらしく、試合が近いほど効果が高まると勝子は言っていた。


 後は基本的な筋トレを各五十回行う。


 腹筋、膝を抱え込んでの腹筋、ツイスト腹筋、背筋、左右背筋。


 ツイスト腹筋とは左右どちらかに上体を捻りながら起き上がり、続けて上体を倒したら今度は逆側に体を捻りながら起き上がる。腹斜筋と呼ばれる部分が鍛えられる。


 左右背筋はうつぶせに寝て足と顔、手を少し浮かしながら右側に反らし、同じようにして左側に反らす。


 左右の背筋を鍛え、パンチやキックの回転力を上げるのが目的だ。


 次は腕立て伏せ、飛び上がる腕立て伏せを行う。


 腕立て伏せは拳を固めた拳立て伏せで行い、拳も鍛える。


 広げる腕の幅により、鍛える部位が変わってくる。


 基本的には肩幅に開くが、腕の幅を広げると背中と胸の筋肉を鍛えることが出来る。


 スクワットはジャンピングスクワット、左右のスクワット、前蹴りスクワットを行った。


 左右のスクワットは要するに反復横跳びである。


 前蹴りスクワットはスクワットをしながら足を抱え込んで蹴りを打つ。


 伝統派空手ではよくある練習方法だ。


 なお、腕の反動を利用したヒンズースクワットは効果が薄いらしい。


 最後にマットを利用して首の鍛錬を10回。


 前転の姿勢から頭をマットに押し付けたら両手を離し、首に体重をかける。


 首の鍛錬は打たれ強さをつけるのが目的であり、ボクシングで行われるトレーニングの一つだ。


 昼に練習しているのは大体こんな感じで筋トレが主体だ。


「そうそう。前蹴りの練習で鉄下駄を使うのもあるんだけど、やってみたい?」


「やりたくない」


 翌日。


 勝子が嬉しそうな顔をしながら空手部から鉄下駄を借りてきた。

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