第29話 トーナメントに向けての練習

 ビギナーズリーグで勝利し、Cクラスに昇進した俺は早速次の大会で行われるCクラスのトーナメントにエントリーした。


 ワンマッチでじっくり経験を積む手もあるが、それよりかトーナメントに参加し、勝ち抜くことで多くの試合に出場して、手っ取り早くBクラスに上がりたかった。


 CクラスからBクラスに上がるには三勝以上必要になるが、ワンマッチでの三勝もトーナメントでの三勝も等しくカウントされるのであればトーナメントに参加するのが効率的である。


 デビュー戦が終わり、次戦まで三週間。


 時間はあまりない。


 幸いバンタム級で出場予定の俺は減量で苦労する事は無い。


 不安であるとすれば三~四試合行う体力があるのかという事だが、これは基礎体力の向上以外に、一度の練習で色々なタイプと多くのスパーリング経験を積んで慣れるしかない。


 今日はスパーリングクラスの練習日だ。


 スパーリングクラスはなるべく体重を合わせて、決まった技を使用しての軽いマススパーリングを中心に、試合の攻防のテクニックを身につける練習を行うクラスだ。


 試合を目指している人や、クラスで習った技をマススパーの中で試す上級者向けのクラスであり、試合が近いという事もあり、今日は多くの練習生が集まっていた。


 仮に1クラス参加することを1コマと数えた場合、1日2クラスの参加を週6日行った場合、合計12コマとなる。


 この12コマの中でレギュラー会員はキックボクシング、ボクシング、MMA、柔術のいずれかのクラスに参加することが出来る。


 因みに1コマは1時間が基本であり、クラス練習が行われる前と後に1時間自主トレーニングが可能である。


 自主トレーニングにはプロやプロ予備軍のみ許される時間もあり、プロはスパーリングクラスか上級クラス以外のクラスに参加せず、専ら自主トレーニング時間中に練習を行うのが普通である。


 俺のジムでの練習スケジュールは概ね以下の様な感じだ。


 月曜日 キック入門 MMA入門 フリーマット(柔術・MMA用の自主トレ)

 火曜日 自主トレ ボクシング入門 ボクシング初級

 水曜日 自主トレ キック初級 キック中級

 木曜日 自主トレ キック初級 キックスパーリング

 金曜日 自主トレ ボクシング中級 ムエタイ初級

 土曜日 自主トレ(あるいはジムに行かず女子会)MMAスパーリング

 日曜日 休み


 レベルを考慮せず、ざっくりと数えるとキック関連の練習が6コマ。ボクシングが3コマ。MMAが2コマになる。


 MMAスパーリングでは基本的に打撃はマススパーリングなので思いっきり打てないこともあり、毎回他の練習生に良いようにやられているが、キックの上級クラスに参加できる麗衣と差をつけられない為に少しでも実戦感覚を養いたかったので無理を承知で参加していた。


 俺の場合、平日はジムでは1日当たり約3時間練習し、学校では朝練・昼練で1時間の合計約4時間練習している。


 日曜日は休みを入れている。


 麗衣の場合は通常は以下の様な練習スケジュールだ。


 月曜日 キック入門 MMA入門 フリーマット

 火曜日 休み

 水曜日 自主トレ キック初級 キック中級

 木曜日 自主トレ キック初級 キックスパーリング

 金曜日     女子キック ムエタイ初級 選手自主トレ

 土曜日 (ジムに行かずに女子会) キック上級(120分)

 日曜日 ムエタイ 選手自主トレ 


 麗衣の場合、MMAが1コマある以外は9コマ、上級クラスが通常のクラスの2倍の時間である120分なので事実上10コマでキック系のクラスに参加をしている。


 ボクシング技術を重視している俺より、キックやムエタイのテクニックを重視しているのが麗衣らしい。


 MMAクラスは喧嘩対策だけでなく、足腰の鍛錬や首相撲の練習にもなるので参加しているそうだ。


 因みに日曜日のムエタイクラスは大体中級クラスと同じレベルだが、首相撲や肘打ちや膝蹴りと言ったテクニックの練習割合が多いのが特徴だ。


 なお、麗衣のレベルからすれば物足りなさそうな女子キッククラスには将来トレーナーで教える事を前提にして勉強のつもりで参加しているらしい。


 麗衣は家でも練習しているのでやはり毎日の練習時間は4時間程度になるそうだ。


 そして恵の場合は以下の様な感じである。


 月曜日 キック入門 MMA入門 フリーマット

 火曜日      ボクシング入門 柔術レギュラー(90分)

 水曜日 自主トレ 柔術入門 キック中級

 木曜日 MMA中級(90分) フリーマット

 金曜日 自主トレ 女子キック No-Giスパーリング

 土曜日 (ジムに行かず女子会) MMAスパーリング

 日曜日 休み


 No-Giスパーリングは道着着用を前提としない柔術のクラスのスパーリングでMMAをやる場合は必須ともいえる。


 柔術レギュラークラスやMMA中級クラスではやる内容が多い為、通常の打撃系クラスより1コマの時間が長くなっていた。


 MMAクラスが毎日ある訳ではないので、打撃系だけ、あるいは柔術系だけに偏らない様に恵なりにバランスよくクラスを選択していた様だが、このスケジュールでキックの試合に出場するとなると少々厳しそうだ。


 週3コマのキックボクシングの練習では足りないと感じた恵はMMA中級クラス終了後、途中からスパーリングクラスに参加していた。


 恵も間を開けず、次の大会でワンマッチに出場予定だ。


 彼女はビギナーズリーグの勝利でBクラスに上がっていた。


 女子の場合選手層の関係でCクラスが存在しないが、Bクラスと銘打ってもルールは男子のCクラスとほぼ同じである。


 恵も俺と同様、早く上位クラスに上がりたいのだろう。


 俺はその恵とマススパーリングを行っていた。


 恵は前の試合の反省点を踏まえ、サイドや回り込みのステップをしながら、元々彼女が武器にしていた対角線上のコンビネーションを駆使しながら攻撃をしてきた。


 手数が多く、防御には一苦労だが、俺はサイドに踏み込んでからのローキックを主体に打ち合いに付き合わぬようにして、時折カウンターで反撃しながら何とか恵の突進をいなすようにしてマススパーリングを行った。


「武君凄くつよーい……少し前までは打撃だけでも私の方が強かったのにね。今じゃあ少なくてもアマチュアキックボクシングのルールだと武君に負けそうだね」


 フルフェイスのヘッドギアを脱ぎながら恵は言った。


「いや、恵もラウンド終盤でも手数が落ちない体力は流石だと思ったよ」


「流石と言えば、麗衣さんは飛び抜けているよね……」


 次は麗衣もAクラス女子フライ級トーナメントに出場予定で、試合に向けてスパーリングを行っているのだが、そのスパーリングパートナーのメンバーが凄まじい。


 まず、Active-Network女子バンタム級3位の平郡真子へぐりまこさん。


 平郡さんは元テコンドーの選手で全国ベスト4の実績があり、パワーこそ弱いが、元テコンドー選手らしく素早い攻撃と左右のスイッチで多くの対戦相手を困惑し、プロ入り後も無敗のままでチャンピオンへの挑戦権を得ている。


 その平郡さんと麗衣はガチンコのスパーリングでほぼ互角の打ち合いを行った。


 麗衣もスイッチが出来るし、テコンドーの弱点と言えるローキックが得意なため、経験や実力では劣っていても相性的に噛み合ったのかもしれない。


 次のスパーリングパートナーは巨勢加輪上こせかわかみさん。


 なんとActive-Networkフライ級10位の男子がスパーリングパートナーだ。


 戦績こそ僅かに負け越しているが、二度のタイトル挑戦をした事があり、経験豊富なベテランである。


 パンチによる接近戦が主体の巨勢さんに対し、麗衣は足を使い正面に立たぬようにして前蹴ティープりやミドルキックを主体になるべく距離を取りながらスパーリングの主導権を握っていた。


「凄いね。男子プロの巨勢さんに殆ど何もさせていないんじゃない?」


 練習の合間に麗衣のスパーを見ていた恵は目を輝かせていた。


 巨勢さんの力が7割程度に加減されたものだったかもしれないが、贔屓目無しで見ても麗衣が押していたように見える。


「中々やるわねぇ~でも、本気の私にどこまでついていけるかな?」


 最後はActive-Network女子スーパーバンタム級王者で八皇子ジムの会長の娘、大和妃美さんだ。


 流石に女子スーパーバンタム級王者の妃美さんが相手では体格でも経験でも不利であると思われたが、1ラウンド目は果敢に麗衣から攻めて、ほぼ互角のスパーリングを行っていた。


 だが、二ラウンド目から基礎体力の差なのか、途中で体力が切れた麗衣が一方的に押される展開が目立ち、スパーリングが終了した。


「はあっ……はあっ……くっそー! 今日こそ妃美さんに本気で勝つつもりだったのに!」


 息を荒く吐いた麗衣はバンバンとマットレスを叩いて悔しがっていた。


「ふふふっ。スパーリングで勝とうなんて邪念を持つからよ。でも、フライ級でも充分に動けそうじゃない。体重しっかり増やせた?」


「体重増やしたというか、この前測ったら体重だけじゃなくて身長も何時の間にか2センチ伸びていたんで、自然とフライ級の体格になっていた見たいっスね」


 そう言えば殆ど同じ目線だったのに最近ちょっと見下ろされていたよな……。


 麗衣の身長が伸びているのに俺の身長が伸びていない事実に軽くショックを受けた。


 麗衣が俺を弟扱いしているのはもしかして身長にも原因があるのだろうか……。


「今の身長で164センチかぁ~。ならフライ級じゃなくてバンタム級が普通じゃない?」


「いやいや。流石に51キロ以上に上げたらデブっちまいますよ」


「麗衣ちゃんなら大丈夫じゃない? 2キロ増量しても全然太ったように見えないし、全部お腹じゃなくておっぱいとお尻に栄養がいっているみたいだし」


「……妃美さん。女子同士でもセクハラになりますよ? 指導者がそんなこと言っていいんスカ?」


「そんな真面目な会社員みたいな台詞麗衣ちゃんには似合わないわよ? それに武君だって麗衣ちゃんの栄養がどこに行ったのか気になるだろうしねぇ」


「ハイ。気になりますよねえっ! きっと、おっぱいにいっぱい栄養が詰まっているんですよ!」


 馬鹿正直に答えた次の瞬間、俺の顔面にグローブを取った麗衣のストレートがめり込んでいた。

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