第23話 試合は勝利したけど、恋愛の勝利は?
「お前ら来てくれてありがとうよ! お陰で試合に勝てたぜ!」
試合終了後、顔に絆創膏を貼って痛々しい顔だが、その事を感じさせない喜色満面の笑顔を浮かべた亮磨先輩が俺達の座る席に来ると、元・
いや、明らかにこっちの応援は関係なかったでしょ?
という無粋なツッコミはとにかく、元・
「亮磨さん凄いっす! 俺感動しました!」
「それに比べて俺達は亮磨さんの言いつけを破ったりしてサーセンでしたあっ!」
「ううっ……亮磨さんに歯向かってパシリの棟田なんぞの口車に乗っていた自分らが情けないっス」
サーセンってスイマセンって意味だよなとか思いながら、親衛隊の連中に至っては感極まって泣き出す者や、懺悔まで始める奴が現れた。
そうか。
亮磨先輩は自分の試合を見せる事で親衛隊をこれ以上俺達「麗」や特攻隊連中との仲違いを止めさせようと狙っていたのかも知れないな。
「オイオイ。迷惑かけたのは麗の連中に対してだろ? これからは仲良くするんだぞ?」
「勿論すよ! この前の棟田とのタイマン見て美夜受や周佐だけじゃなくて、小碓もスゲー奴だって皆で話していたんですよ」
え? そうだったの?
そんな事を親衛隊の一人が言うと。
「お前ら今更気付いたのか? 小碓がつぇーのは前からだぞ?」
特攻隊員まで俺の事を褒めていた。
不良は喧嘩が強い奴にシンパシーを感じるらしいけれど、まさか俺がそんな風に見られていたとは露とも知らなかった。
「そうだな。つく奴間違えたよな。俺ら麗に入って良いか?」
中には調子が良い事を真顔で言い出す親衛隊の奴が居た。
「駄目に決まっているだろ? 麗は少数精鋭。格闘技経験がある美少女か美少年以外はお断りなんだぜ」
澪が後ろから俺に抱き着きながらそんな事を言ってきた。
そんな決まりがあるか知らんが麗衣が足手まといは駄目だとは言っていたのは確かだ。
「それにお前ら、小碓クンを褒めて誤魔化しているけど、どーせ麗衣サンが目当てだろ? 麗衣サンは俺の嫁だからお前らには渡さないからな!」
「そんなぁ~澪さんばっかり狡いっスヨ!」
そんな事を言って笑い合っていた。
元々は喧嘩した間柄なのに麗衣って人気あるんだな。
「ところで、小碓。織戸橘は知らねーか?」
亮磨先輩は勝利の女神を探していた。
「ええ。さっき飲み物買いに行ったみたいですけれど」
「まだ帰らないよな?」
「ハイ。嶋津選手の試合も観たいって言っていました」
格闘技が好きな姫野先輩は、この後行われる日本スーパーフライ級王者・嶋津雄大選手の防衛戦を観ていくと言っていた。
今回の防衛が成功すれば噂になっている絶対王者エドガー・バレラとの一戦に向けて大きく前進する大切な試合である。
もし、嶋津選手がこの試合で防衛が成功し、エドガー・バレラ戦が実現し、嶋津選手が勝てば勝子は世界王者をKOした事がある女子という新たな名誉が加わると思うと、俺の隣に座るチンチクリンがどれだけ凄いのかという事になる。
「そうか。アイツにも礼を言いたいんだけどな」
そんな話をしていると、紙コップを片手に持った姫野先輩がやってきた。
「赤銅君じゃないか! 傷は大丈夫なのかね?」
姫野先輩は心配そうな表情で亮磨先輩に尋ねた。
「何の。これしきかすり傷だぜ。それよりか、一寸話があるんだけど、試合終わったら少しだけ時間をくれないか?」
「ああ。僕は構わないよ」
チョイチョイと澪が俺の腕をつつく。
「どうしたの?」
「亮磨兄貴。いよいよ告白するんスかね? うひひひっ……」
澪は口に手を当ててわざとらしく笑っていた。
「まぁ、流れ的にはアリかもね」
「小碓クン、あとで時間下さいよ。うふふふっ……」
何を企んでいるのか、言わずもがなであった。
◇
メインイベント日本スーパーフライ級タイトルマッチの10回戦。
王者・嶋津雄大VS日本スーパーフライ級第一位・
フライ級で国体優勝の経験がある水田選手は序盤、長身から振り下ろすジャブで嶋津選手を寄せ付けず、王者が劣勢であったが中盤以降は距離を掴んだのか? ノーモーションのジャブで何度も水田選手の顔を跳ね上げ、接近戦ではダブルやトリプルで水田選手を圧倒した。
10回終了のゴングが鳴り、判定は2-1で嶋津選手の勝利だった。
97-93・94-96・96-94採点結果で、ジャッジ一人が水田選手の勝ちを付けるという薄氷の勝利であった。
「相性が悪い相手だったとはいえ、これじゃあ世界戦は厳しそうね。ましてやバレラが相手じゃねぇ」
かつて嶋津さんをKOした勝子は辛口だった。
「でもあのジャブならバレラにも通用するんじゃないのかな?」
「如何かしらね……バレラのパワーに翻弄されないで自分のボクシングを貫ければ良いけど、あの人、結構気が短いから打ち合いとかしちゃいそうだし」
23連続KO中。しかもそのうち18回が1ラウンドKOというバレラと打ち合いなんかしたら一体どうなるのか、火を見るより明らかだった。
既に元・
俺達も帰路に就くと、出入り口の階段は人でごった返していた。
何分かかけてようやく外に出ると、Loudnessの‘RAICING THE WIND’に設定してあるスマホの着音が鳴った。
スマホのディスプレイを覗くと、そこには何時の間にか居なくなっていた澪の名前が表示されていた。
俺は画面の応答ボタンを押し、スマホを耳に当てた。
「もしもし」
「小碓クン! 何やってるんスカ! 早く来てくださいよぉ!」
「早く来い言われても……澪はどこに居るの?」
「今、ホールの近くの通路に居るっス。トイレがあるラーメン屋の奥の方、そこら辺の店、今閉店していて人気ないっすよね? ここの下に見るからに挙動不審な亮磨兄貴が居るっス! 多分この後姫野先輩も来ます! 早く来てください! じゃあっ!」
簡潔に説明すると、澪は一方的に電話を切った。
あの辺りの施設は確か21時あたりになると何処もやっていなくて人気が無いはずだ。
そんな所に呼び出すという事は亮磨先輩、漢になるつもりか?
雰囲気も何もあったものじゃないが、ゆでだこに……じゃなくて、亮磨先輩にセンスを求めても詮無き事だ。
「如何しようかな? 澪が野次馬で余計な事しないか見張ってないと駄目かと思うんだけど?」
「別に構わないけれど……私は帰るわ。赤胴先輩のフラれる姿なんか見ても面白くないし」
「分かんないよ? 案外脈ありかも知れないよ? わざわざ応援に来てあんな声援を送ってくれたぐらいだし」
「分かってないのはアンタよ。姫野先輩が誰の事が好きか知らないの?」
「いや……知らないけど」
「最近、姫野先輩はその人が好きだって事をおくびにもださないからね。それに姫野先輩が男性を好きになるって事は絶対無いのよ」
それって勝子や恵と同じ同性愛者って事か?
そんな事を言ったら殴られそうなものだが、勝子は自分から認めるように話を続けた。
「因みに姫野先輩は私や十戸武みたいなレズビアンとは少し違うのよ……。一寸余計な事しゃべりすぎたかしら? まぁ近い内に分かる日が来るんじゃないかしらね?」
思わせぶりな事を言いながら勝子は俺に背を向けた。
「じゃあ私は帰るね。澪に宜しく伝えておいて頂戴」
そのまま振り返りもせず、勝子は駅に向かって歩き出した。
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