第24話 告白の台詞で「好きじゃないんだ」って何じゃああああ!
俺と澪は壁に身を隠しながら亮磨先輩と姫野先輩の様子を伺っていた。
「まずは大切な日であるにも関わらず、遅れて来てしまった事を謝らせてくれ。どうしても今日は外せないアルバイトの予定が入っていてね……本当に済まない」
姫野先輩は丁寧に頭を下げると、亮磨先輩は慌てて首を振った。
「いや……そもそも今日は来ないものかと思っていたし、来てくれただけでも充分なんだが……。ところで。この前チケットを俺に返したのにどうして来たんだ?」
「君が仲間や小碓君達にチケットを配る事は予想していたからね。君の事だ、自分のお金からチケット代を出しているんだろ?」
「そ……そんな事は」
「20人近い人数のチケット代を払う何て、四回戦のファイトマネーじゃあ赤字だろう? だから、せめて僕の分のチケットぐらい僕のお金で買おうと思ったんだ」
俺はそこまで亮磨先輩の事を考えていなかったな。
確かに四回戦のファイトマネーでは満額貰ったとしても四万円にしかならないが、チケット一枚五千円だとして、二十人分買ったら十万円かかる。
恐らくアルバイト代で足りない分は補填したのだろうけれど、亮磨先輩の負担は半端ではない。
「だからって、わざわざ自分でチケットを買わなくても……」
尚も不満げな亮磨先輩の唇近くで姫野先輩は人差し指を立てた。
「今日予定があって来られるか分からなかったのは本当だったしね。それにね」
姫野先輩は指を引っ込めると、ポケットを探り、今日の試合のチケットを出して見せた。
「僕はボクサー・赤銅亮磨のファン第一号として、自分の意思で、自分のお金でチケットを買いたかったんだよ。そんな僕のささやかな楽しみを君は奪いたいのかい?」
「俺のファン第一号か……そうだな。ファンの願いは叶えてやらねーとな」
亮磨先輩は照れたように頬を掻いていた。
「おお。二人とも何となく良い感じっスね……」
澪はこっそりと俺に囁いた。
「そうだね……亮磨先輩が呼び出しておきながら姫野先輩の方が会話のマウントをとっているけどね」
亮磨先輩に聞かれたら殴られそうな事を俺はこっそりと呟いた。
「ところで赤銅君。デビュー戦の勝利の味はどうだったかい?」
「ああ。血の味しかしなかったな……」
亮磨先輩の正直と言うかセンスの無い返しを聞き、澪は「馬鹿! もっと気の利いた事言えよ!」等と言う口を俺は気付かれない様に慌てて抑えつけた。
「確かに、そんなに打たれたら口の中も切っているかも知れないからね。大丈夫なのかい?」
「あっ……ああ勿論さ。俺は頑丈なところだけが取り柄なのは知っているだろ?」
「それなら良いけれど、もしかしたら僕が君を無理させてしまっているのかなと思ってね……」
「織戸橘がか?」
キョトンとした表情で首を傾げたその仕草があまりにも似合わず、肩を震わせている澪の口を一層強く抑えた。
「僕との約束で無理してプロのリングに上がっているんじゃないかと思ってね。ファイトマネーも安いし、痛い目に遭う割には報われるものでもない。もしかしたら僕はとんでもない事を君にお願いしたんじゃないかと思って……」
「馬鹿! 何言っているんだよ! お前があの時、ああ言ってくれなきゃボクシングも途中で放り出していた半端者のままで、今でも街の喧嘩自慢みたいな屑だっただろうぜ。今日勝てたのはお前のお陰だ……ひっ……ひめっ……」
おおっ。
これはもしかして「姫野」と名前呼びをしようとしているのだろうか?
「織戸橘」
俺に口を押さえつけられた澪の力ががっくりと抜けていくのを感じた。
「そうかい。それは良かった。でも、僕なんかが居なくても君は立ち直ったと思うし、今日勝てたのはまごう事無き君の力だよ」
「そんな事はねぇ! 俺はお前の事が……お前の事が……」
告白の瞬間か!
見ているこちらまで緊張で息を飲み、澪の体も再び固くなる。
「すっ……す……っき……」
好き?
「すっ……すっき」
じれってえええええっ!
早く好きと言ってしまえクソ兄貴!
そんな澪の心の声が俺の脳裏に響いたような気がするのは気のせいだろうか?
「すっき? 何だいそれは?」
今度は姫野先輩が首を傾げた。
「すっきじゃないんだ」
好きじゃないんだ?
はぁ? 何だそりゃああああああっ!
澪が今にもそんな事を言って暴れだしそうな雰囲気だった。
だが、幸いなことに姫野先輩は「好き」じゃなくてちゃんと「すっき」と聞こえたらしい。
「すっき? じゃないなら何と言ったんだい?」
「すっき……じゃなくて、スキー……そうそう。スキー教室で観たお前凄いと思ってな。今度良かったらスキーに行かないか?」
はああああっ……
俺の掌の指の隙間から大きく澪の息が漏れるのを感じた。
まぁ溜息を付きたくなるよな。
「何だ。そう言うことかい。日帰りで良ければ喜んで」
姫野先輩は微笑んで亮磨先輩に応えた。
「おっ……おう。今度は遅刻無しだからな?」
「あはははっ! すまないね。麗衣君から『とっくに試合が始まっている! 急がねーと試合が終わっちまうぞっ!』て何回もメールが届いていたんだけどね。次は必ず遅れない様にするよ」
だから、さっき麗衣がやたらとスマホ弄っていたんだな。
「さて、僕はそろそろお暇させて貰うよ。今日は良い試合をありがとう」
「あっ……ああ。こっちこそ今日は来てくれてサンキューな」
まぁ、次のデートの約束を取り付けられたという事で良いだろうか?
亮磨先輩としては上出来だろうと、俺は自分の事を棚に上げて上から目線で評していた。
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