第19話 ボクシングジムで練習をさせて貰った
キックボクシングの練習の参考にもなるだろうという事でボクシングの練習をやらせてもらう事になった。
ウォーミングアップが終了すると、俺と勝子は縄跳びを渡され、「ロープスキッピング」と呼ばれる縄跳び運動から始めた。
基本的な跳び方は、両足を交互に着地させながら跳ぶ。肩の力を抜いて脇を締めながら跳ぶのが原則だ。
隣で勝子は足を交互に開脚したり、前後左右にクロスさせながら跳んでいた。
「ラスト1分!」
ロープスキッピングは連続10分行うが、トレーナーが残り1分を告げた。
残りの1分は二重跳びで跳び、息を上げていった。
全身を動かすため、長時間跳ぶことで筋力アップや体力アップなどのトレーニング効果も高いらしい。
「はぁ……ハァっ……」
慣れぬロープスキッピングで息を切らせていると、勝子は俺を見て言った。
「だらしないわねぇ。キックでもジムによってはロープスキッピングやるのよ。このぐらいで疲れていたら、とてもじゃないけど試合なんか出来ないわよ」
「そうだね。今度から自主練で取り入れようか。ところで勝子はブランクあるって割には平気そう、っていうか慣れている感じだね?」
「何言っているの? ロープスキッピングぐらい自分でも出来るから毎日やっているわよ」
サブトレーナーとしてやるだけならば必須の運動ではないが、やはり競技に戻る気があるのだろうか?
引き続き、シャドーボクシングを行う。
ボクシングの構えは前足に6、後ろ足に4の割合で体重を乗せ、脇を締め、両拳を目の高さに置き、体を正面に対して45度の角度に向けるのが構えの基本だ。
アップライトスタイルが基本のキックボクシングとは全く構えが異なるが、重いパンチを打つには当然ボクシングの構えの方が向いている。
シャドーボクシングは3分3ラウンド。
キックのジムでパンチのみのシャドーを行っているのと注意すべき点は似たようなものだ。
続いてサンドバッグのトレーニングだ。
サンドバッグは相手を仮想してフットワークを使いながら打つ。
リズミカルに前後左右に動きながら、ジャブを打つ。
ジャブを基軸にしながら、ストレート、フックを織り交ぜる。
自分の距離感がわかり足のさばき方やスタミナをつけるのに役に立つ。
前後左右の動きながら、ディフェンスを意識して攻防一体をイメージした。
サンドバッグを揺らすことを意識して、押すようなパンチにならないよう、正確なフォームで打つ事を意識した。
サンドバックへしっかりとパンチを打ち込むことで、打撃を行う際に必要な「ヒッティングマッスル」 が鍛えられる。
また、サンドバック打ちによってしっかりとパンチを繰り返すことで、打撃力の向上 とともに心肺機能を高めることができ、スタミナをつけることも可能だ。
俺が通うジムではサンドバッグが少なく、自主練の時間でも使うのが躊躇う為、麗衣の家でサンドバッグを叩かせて貰う事が多いが、このボクシングジムでは十分な数のサンドバッグがある為、気兼ねなく叩けてありがたい。
そして、パンチングボールを叩く練習だ。
パンチングボールは顔ぐらいの位置に吊るされたシングルボールと、天井と床の両方向からゴムで引っ張られたダブルボールがある。
これはキックボクシングではまずやらない練習でボクシング特有の練習である。
シングルボールは拳を目線の高さに上げ、まずは左手の拳頭で外に向かって叩き、ボールが戻ってきたら左手で二連打し、今度は右手で同じ動作を繰り返す。
シングルボールはパンチの正確性やリズム、動体視力や反射神経を養うのが目的だ。
ダブルボールはボールを防御の動作を交えながらパンチを打つ練習だ。
ダブルボールはパンチを打つタイミングと相手の反撃に対する反応力を向上させる効果がある。
「ボールの中心を正確に打たないと変なところに飛んで行っちゃうよ? 慣れるまで一発ずつ正確に打って」
勝子は飛んでくるボールを避けながら俺にアドバイスしてくれた。
シングルボールは3分3ラウンド
ダブルボールは3分1ラウンド行った。
続いてパンチングミットの練習だ。
「今トレーナーが足りないので悪いけど小碓君のミット打ち、周佐さんやってくれないか?」
米田会長に言われ、勝子は頷いた。
「ハイ。彼のパンチ受けてみたかったので」
勝子はニヤリと笑った。
何か嫌な予感がするが……。
勝子がパンチミットを渡されるとパンパンと両手のミットを叩いてから構えた。
「じゃあ下僕武! 指示通りにパンチを出しなよ! 遠慮なく来て!」
何故か滅茶苦茶やる気だな。
「へいへい分かりやした」
「ワンツー!」
俺はワンツーをミットに向けて打つと、間髪入れず返しのパンチ、ならぬミットで俺は顔面を叩かれ、ぶっ倒れた。
「ってー……何するんだよ!」
俺は鼻血を吹いていた。
「何するんだよじゃないわよ。ボクシングの練習じゃあミット打ちでミット持つ方が反撃してくるからそれを防御するって常識じゃない?」
通っているジムのキックボクシングの練習ではミット打ちでそこまでやっていなかったので、知らない事だった。
「そう言うのは先に教えてよ! というか、勝子が本気出したら俺じゃあ躱せないよ」
「情けないわねぇ。赤銅先輩のパンチは今のよりずっと速いはずよ。こんなのじゃあスパーリングなんか止めた方が良いんじゃない?」
勝子がそんな風に俺を煽って来た。
疲れてきたところで、こうやって俺にやる気を出させようとするのは勝子の何時もの手だ。
俺は鼻血を拭うと、勝子に言った。
「良いぜ。その調子で続けてくれ」
「後悔しても知らないよ! ワンツー!」
俺は左足で一歩踏み込みながら、勝子の構える左手のミットにジャブを打ち込み、左手を戻すと同時に右ストレートを勝子の右手のミットの中心に打った。
すると、勝子は何の警告も無しに左のスウィング気味にグローブを振った。
俺は直ぐに体を沈めるボクシング風のダッキングをしてパンチを躱すと、間髪入れず勝子が次の指示を叫んだ。
「アッパー!」
屈んだ反動を利用し、跳ね上がる勢いで勝子が両手のミットを重ねて構えたミットに右アッパーを叩き込んだ。
こんな調子でパンチングミットのトレーニングは3分2ラウンド行った。
◇
「はぁーっ……はぁーっ!」
練習も後半になり、大分バテてきた。
蹴りが含まれるキックボクシングのトレーニングの方が疲れるのだが、基本的に1分3ラウンドで行われるボクシングのトレーニングは慣れないこともあって、やたらと長く感じてしまう。
「しっかりしなさい。キックの上級クラスだって1ラウンド3分が基本だからもっと疲れるわよ?」
麗衣も参加している上級クラスは1R3分でシャドー、ミット打ち、サンドバック、首相撲、マススパーリング、又はスパーリングを合計2時間で集中して行う。単純に計算して中級クラスの二倍の練習をしているのだ。
「そう考えると麗衣って凄いな……これに蹴りの練習も一緒にしているようなものだからな」
アマチュアではAクラスのキックボクサーであり、上級クラスでプロやプロ志望の有力なアマチュア選手と一緒に練習している日もある麗衣は現時点の俺よりも遥かに先に行っていると言わざるを得ない。
「喧嘩レベルならとにかく、半年足らずの経験でもう試合に出れるレベルにまで成長したアンタだって大したものよ」
珍しく勝子に褒められ、俺は首を捻った。
「……何か悪い物でも食ったのか?」
そんな会話をしていると、ジムの出入り口が開き、亮磨先輩が入って来た。
俺の顔を見るなり、タコを思わせる坊主頭の先輩は嬉しそうに笑った。
「おおっ! もう来ていたか。わりぃな遅くなって」
「もう来ていたかって、1時間遅刻でしょ?」
かつて麗衣を殴ったことから亮磨先輩を脱兎の如く嫌っていた勝子が噛みついた。
「ああ。悪い悪い。50メートル、100メートルダッシュとロードワークで10キロ走っていたからな」
「10キロですか?」
俺が声を上げると、勝子は呆れたように言った。
「何言っているの? ボクサーならそのぐらい常識でしょ?」
俺も勝子と一緒に朝練で5キロぐらいなら走るが、その倍も走っているとは。
「まぁ、久々にボクシングの練習も出来たし許してあげる。で、武とのスパーは直ぐにやっちゃうの? 休まなくていい?」
「俺は何時でもOKだぜ。そっちこそ大分お疲れの様だが大丈夫か?」
「俺もOKですよ」
「良い度胸だ。じゃあまずはこの書類を読んでサインしてくれ」
亮磨先輩に渡されたのは誓約書で、簡単に言うとスパーリングで怪我をしても一切ジム側は責任を取らないという事と、こっちからは一切文句は言わないと誓約しろという内容だった。
「本当は生意気な奴をジムに呼んで凹る時によく使っていたんだけどな。お前の場合そういうのじゃねぇけど決まりは決まりだからな……」
亮磨先輩は申し訳なさそうに言った。
「良いですよ。話は聞いていましたし、当然そういう覚悟もありますので」
俺は躊躇いなく誓約書にサインした。
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