第18話 ボクシングジムに行ってみた
毎週土曜日は女子会と言って、女子同士(では既に無くなっているが)お茶をシバくのではなくお互いをシバき合う、麗のスパーリング会が行われる。
麗のメンバーそれぞれがベースとする格闘技が異なる為、スパーリングを行うことでどのような喧嘩相手でも対応できるようにするのが目的である事と、クロストレーニングと言って複数の競技を取り入れる練習法を行う事により自分の競技に活かす事も目的である。
だが、今日は女子会に参加しないことを麗衣に伝えてあった。
そもそも女子会の練習所である麗衣の家に作られた疑似ジムは元々床屋だったので、あまり広くない。
その為、スパーリングと言ってもせいぜい二組しか出来ない為、麗のメンバーが九人になった今、全員で練習するには狭すぎるのだ。
中学生チームと姫野先輩が受験をしている間は四人で練習できたので問題なかったが、メンバー全員が集合可能な今、新たな練習所を確保しなければならないという課題が出来た。
すぐに解決できる問題ではないので、取りあえず女子会への参加は自由として、もし自分で練習出来る手段があれば、そちらを優先するようにメンバーには伝えられていた。
まぁ、俺の場合はキックだけでなく、ボクシングクラスやMMAクラスにも参加できるので女子会に参加しなくても色々なタイプとスパーリングは出来るのだから、女子会の機会はなるべく後輩達に譲る事にしていた。
だが、今日女子会に出ないのはそれだけが理由じゃない。
「道場破りの気分はどう?」
隣で歩く勝子にそんな物騒な事を言われた。
「たのもー! このジムで一番強い奴は出てこいや! ……。とでも言えと?」
「麗衣ちゃんが何時もジムに来た時に言う台詞だよね」
「あれ、俺が初めてジムに入門体験した時に麗衣が言って、心臓が止まるかと思ったよ」
「その時、
「麗衣の奴……そんな事まで勝子にバラすなんて悪魔みたいな女だな」
「はははっ! 下僕武はビビリだねぇ~」
「……それはとにかく、亮磨先輩に頼まれてスパーリングするだけだから、何も道場破りする訳じゃないぞ?」
今日女子会の参加を断ったのは亮磨先輩とスパーリングを行うからだ。
その事を話したら勝子も着いて来ると言いだしたのだ。
「スパーリングだけじゃなくて練習もさせてくれるって話でしょ? 久々にボクシングジムも行ってみたかったからね!」
勝子は嬉しそうな表情をしていた。
この
過去に何があったか知らないけれど、どうして勝子は将来の五輪代表候補とまで呼ばれていたのにボクシングを辞めてしまったのか?
気になるところだし、そんなにボクシングが好きならば復帰すれば良いのではないかと思うし、麗衣や環先輩もその事を望んでいるようだけれど、勝子の本心が分からない。
「ホラ! 着いたわよ! さぁ、あの言葉を言って!」
「だから道場破りじゃないって……」
俺達は立国川駅から徒歩5分程の場所で経営しているボクシングジムに入った。
◇
「君が小碓君だね。赤銅から話を聞いているよ。よく来てくれたね」
中に入ると、いきなりジムの会長である米田健治会長が出迎えてくれて、ビックリした。
見た目は只の小柄な老人にしか見えないが、かつて東洋バンタム級、現在で言う東洋太平洋バンタム級王者になり、引退後、幾人もの世界王者を育てた名伯楽と呼ばれている。
「小碓です。宜しくお願いします」
「お久しぶりです、会長。周佐です。以前はお世話になりました」
驚いたことに勝子と米田会長は旧知の仲の様だ。
米田会長がわざわざ出迎えてくれたのは勝子が居るからなのか?
「全日本アンダージュニアで優勝した周佐さんじゃないか。久しぶりだね。スパーリングでうちの嶋津をKOした時は君が金メダリストになるのは間違いないって思っていたけれど……」
米田ジムの嶋津さんと言えば、日本スーパーフライ級王者の
確か、23連続KO勝利中の絶対王者エドガー・バレラと世界戦を行うのではないかという噂もある。
「え? 勝子があの嶋津さんをKOしたんですか?」
「ああ。まだ嶋津が4回戦でフライ級の東日本新人王のトーナメントに参加していた頃の話だけれどね。周佐さんにKOされて以来、嶋津はこのままじゃマズイと心を入れ替えて練習するようになって二年で日本王者にまで上り詰めたんだよ。ある意味、アイツが日本王者になれたのは周佐さんのおかげだよ」
女子中学生が新人王候補で上の階級のプロボクサーをKOしたとしたら前代未聞の事ではないのか?
「古い話ですよ。私はブランクがありますし、今だったら日本王者になられました嶋津さんとスパーリングしたら1ラウンド持ちませんよ」
「どうだろうね。案外君なら良い勝負するんじゃないのかな? ところで、今は何をしているのかな?」
「ハイ。自主練も兼ねてActive-Networkのボクシングクラスでサブトレーナーをしています」
「確かキックボクシングのジムか。しかし、勿体ない気もするね……良かったらウチに入会しないかい? 君なら世界王者になれると思うんだけれど?」
「折角のお申し出ですが、今は育ててみたい選手が居まして、そちらの方に専念したいのですよ。申し訳ございません」
勝子が頭を下げて丁重に断ると、米田会長は本気でがっかりした表情を浮かべていた。
「まだ高校1年生なのに他の選手を育てたいなんて大人みたいなことを言うね……。まぁまだ若いんだし、気が向いたら考えておいてよ」
「ありがとうございます。その際は是非とも宜しくお願い致します」
俺から見ると変態とか狂気と言ったイメージばかりの勝子が社会人みたいな言葉遣いが出来る事に驚いた。
これが本来の勝子の姿なのだろうか?
「はぁ、今時麗衣ちゃん達、女子会しているかなぁ……」
米田会長が居なくなると勝子はボソッと呟いた。
「麗衣の事が気になるの?」
「うん。麗衣ちゃんの汗の臭いをくんかくんかしたかったし、今日の下着の色も気になるし、着替えだけでも一緒にしたかったなぁ……」
◇◇
ヨネクラジムの会長で故・米倉健司氏のエピソードで、元OPBFスーパーミドル級王者・西澤ヨシノリ氏がスパーリングパートナーにキックボクサーを連れてきたら怒られたという逸話が確かありましたね……。
いや、この小説は米田会長なのでw
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