第13話 キックボクシング中級クラスの練習(2)

 次はミット打ちだ。


 二人一組になり、一人がミットを持ち、もう一人がミットを打ち込む。


 このジムではミット打ちはトレーナーではなく、練習生同士で行うのが基本だ。

 ミットを持つことは攻撃側だけでなく、ミットの持ち手も多く学べるからだ。


 相手との距離感や技が飛んでくる感覚を学べるので、より実戦感覚を養うことが出来るのだ。


 麗衣は何時も恵とミット打ちを行うので、他のパートナーを探そうとすると―


「今日も宜しく頼むよ」


 顔見知りの練習生である竹内宿那たけうちすくなさんからそう言ってくれた。


「宜しくお願いします」


 竹内さんは大学生で、身長が170センチ程で、アマチュアの大会にはフェザー級の選手として出場経験がある。


 既にアマチュアキックの大会のCクラスで3勝し、上位のBクラスでも勝利した経験があるので、そろそろ上級者と呼んで差し支えない。


 キックミットや受け返し、それにスパーリングは、本来は身長や体重が釣り合った人とやるのが普通だが、なるべく俺よりも長身の相手を想定した練習をしたい俺が無理を言って上の階級の竹内さんに頼んだのだ。


 竹内さんとしては選手実績もなく階級も下になるかと思われる俺とやってもあまりメリットが無いはずだが。


「まぁ君ばっかり美夜受ちゃんや、十戸武ちゃんみたいなリアル美少女JKと仲良くしているのは腹が立つからね。たっぷり絞ってあげるよ」


 なんて冗談を言いながら、快く俺とよく組んでくれることになった。



 ミット打ちのトレーニングは、基本練習で培った技術を実戦の中で活かすためのコンビネーションを身に着ける練習だ。

 ただ出されたミットを打つだけでなく、動きの中でスムーズに攻撃が出せる様に考えながら練習する。


 まずミット打ちで最初に教わったコンビネーションはジャブを一回打った後、ワンツーから左フック、最後に右ミドルキックを打つパターンだ。


 ジャブを打ったら一旦バックステップし、斜めに踏み込みながら、ワンツー左フックをしっかり振ってから右ミドルキックを打つ。


 正面に立つとカウンターの餌食になる為、バックステップ後に斜めに踏み込むのがポイントで、斜めに踏み込むことにより、ラストのミドルキックは相手の正面に当てられるし、キャッチされたりパンチで合わせられるリスクも減少する。


 説明を受けると俺はまずキックミットを持った。

 両腕は体から離れすぎたり、近づきすぎない様に注意する。


「ハッ! ハッ!」


 一発ごとに声を出しながら放つ竹内さんのパンチとキックをミットで受ける。


 やはり麗衣や恵のパンチやキックよりも重い。


 だが、それに負けないようヒットする瞬間にミットを押し返す様にして受ける。


 こうすることによって攻め手側の肩、ひじなどのトレーニングになり、自分の攻撃の衝撃に当たり負けないようになる。


 1分1ラウンド終了し、次は俺が同じコンビネーションでミット打ちを行う。


 流石に竹内さんの持つミットは上手い。


 入門クラスではかつての俺の様にキックを怖がってしまう人も居るが、竹内さんならば安心して全力で打てる。


 俺の番が終わると、次は前蹴ティープりから相手が止まったところ飛び膝蹴りというパターンを学んだ。


 これはアマチュアの試合では使えないような危険な技だが、喧嘩では使えそうだな、などと物騒なことを考えていた。


 まず前蹴り防ぐ為に両手のキックミットを横に重ねるように持つ。


「ハッ!」


 竹内さんは容赦なく強い前蹴りを打つ。

 体重差もあり、俺は後ろによろけそうになる。

 だが、俺は踏みとどまり、すぐさまミットを×字に交差をさせて構える。

 重い膝が狙い過たず、ミットにヒットした。

 凄い蹴りの圧力だ。


「大丈夫かい?」


 竹内さんは心配そうに声をかけてきた。

 だが、この程度の圧力に弱音を吐いていたら試合なんか出られないだろう。


「大丈夫です。遠慮なく思いっきりやってください」


「そうこなくちゃね」


 1分1ラウンド終了すると、次は俺の番だ。


 ミットにティープを放つと、右膝をタメて、膝を前に出しながら思いっきりジャンプし、×字に構えられた竹内さんのミットに命中させる。


「ひょえ~凄い威力だね」


 俺の番が終了すると、竹内さんはそう言ってくれた。


「本当ですか?」


「同じコンビネーションをアマでフェザー級(約57キロ)の試合経験がある人の受けたことあるけど、それより重いよ。身長差もあるのにね……クラスの練習以外にも余程練習しているんだろうね」


 フライ級(約51キロ)かせいぜいバンタム級(約54キロ)の体格である俺がフェザー級以上の蹴りの威力があるとしたら―


「勝子とよく練習していますからね」


「ボクシングクラスのサブトレーナーの周佐ちゃんの事か。美夜受ちゃんや十戸武ちゃんだけじゃなくて、周佐ちゃんとも仲が良いのか。いいなぁ、俺も君たちの練習に混ぜてくれよ」


 練習じゃなくて別の目的があるんじゃ?

 この人近いうちに犯罪者になりそうだな……。


「朝と昼休みに練習しているんで、竹内さんが学校に来ないと駄目ですね」


「ああ。それは出来ないか。残念だね」


 続いて左右ミドルキック3連打を10本行い、ミット打ちの練習は終了した。



 ◇



 ここから練習内容が更に高度なものになってくる。


 ミット打ちの後に行われるのは受け返しと言って相手の攻撃を防御して、技を返す練習だ。


 防御と攻撃を分けて練習するのではなく、相手の攻撃を防御してから反撃するまでの流れを一連の動作で学んで行く。


 予め攻め手と受け手を決めて、ペアで攻守を行うのだが、例えば攻め手の右ストレートを守る側がブロックで防御して、右ストレートを返すのも受け返しという。


 空手経験者であれば約束組手と言った方が理解しやすいだろう。


 キックボクシングジムでは空手で言う約束組手を練習に取り入れているのは珍しいが、母体の団体が空手団体である為、取り入れたのであろう。


 スパーリングの前段階としては最適な練習方法であり、実戦的な攻防の感覚を養うことが出来る。


 今回は攻める側がワンツーからミドルキックを打ち、守る側がパリング、ブロック、カットで防御し、最後にミドルキックを返す。


 竹内さんが最初に攻める側で、俺が守る側から開始する。


 基本的に攻める側はスキンタッチ程度の軽い攻撃を行う。


 竹内さんがジャブを放つと、俺は左手ではたく様にしてジャブの軌道を逸らすと、続いて放たれた右ストレートを構えの状態から額にグローブをつけてガードした。


 この時はしっかり顎を引いてブロックし、ガードの隙間から竹内さんの様子を見て、次の攻撃に備えた。


 最後に右のミドルキックが放たれると、左膝を高く上げ、脛で竹内さんのキックをカットした。


 カットする時はガードの肘を内側に入れるとバランスが取りやすい。


 また、身長差がある為、軸足のかかとを上げると高い位置でカット出来るので、その事を意識しながら竹内さんのミドルをカットする事を心掛けた。


 キックをカットした足を真下ではなく斜めに落とし、右ミドルキックを返した。


 ミドルキックの基本は側面に当てるものと思われがちであるがそれは間違えである。


 確かにフルコンタクト空手等の中段回し蹴りは側面を狙うが、これでは相手の正面に立つ為、パンチのカウンターを喰らいやすいのだ。


 斜めに踏み込むことで、相手の正面に立たず、ミドルキックは相手の正面に当てることが出来る。


 正面に立たないことでパンチのカウンターを防ぐことが出来るのだ。


 ただし、これはあくまで基本であり、実戦においては状況に応じて側面を蹴る事もあるし踏み込まずに蹴る事もあるが、今は基本の側面に踏み込んでからのミドルキックを練習した。


 このパターンで攻守を入れ替え、受け返しを2分2ラウンド行った。


 その後、ワンツーからスイッチをして左ミドルの受け返しのパターンも2分2ラウンド行い、受け返しの練習は終了した。

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