第12話 キックボクシング中級クラスの練習(1)

 何とか腹痛が治った翌日、俺はキックのジムに行った。


 俺が通うジムは入門者用のクラスから上級者向けのクラスの他、ボクシングクラス、ムエタイ、柔術やMMAクラスまであり、俺がメインで練習するのはキックボクシングのクラスだ。


 その中でもジムが独自に行っている昇級審査で級を取得した者のみが参加が許されるキックの中級クラスが今日行われる。


 中級クラスは入門・初級クラスに比べ運動量も増え、技術的にも更に高く、より実戦的な練習を行う。


 アマチュアの試合出場希望者向けのクラスであるが、試合出場の経験者やプロ志望の者も多く参加している為、入門・初級クラス参加者に比べて当然技術レベルが高い。


 麗衣やMMAクラスが無い日にキックのクラスに参加している恵も中級クラスに参加していた。


 トレーナーは元Active-Networkスーパーフェザー級王者、益田正博。


 タイ人や他団体の王者との対戦でも大きく勝ち越しており、このジムが所属する団体では看板の選手の一人だ。


 現役のトップ選手が指導するというだけあって、内容は実戦的である。


 練習の開始時間になると、空手式の黙想の後に益田さんの号令に合わせながら、練習生全員で準備運動を開始した。


 準備運動で体がほぐれた後、まずは構えとステップの練習から開始した。


 構えは上体を上に起こし、左足を前、右足を後ろにする。

 前後の足を5対5、または4対6の割合で重心をかけるアップライトスタイルが基本だ。

 つま先は正面に対して外側45度の角度に向け、両手はこめかみの高さ、顎を引いて上目づかいに正面を見る。


 団体によっては顎あたりの高さに拳を構える様に教える団体もあるらしい。

 ルールによってはガードを顎あたりに下げた方がスムーズに体重を乗せたパンチが打ちやすいし、実は自分もその構えの方がやりやすいのだが、対ムエタイを想定して肘やハイキックを防ぐには益田さんが教えている構えの方が適している。


 ステップは後ろ足で床を蹴るつもりで前足を前方に出す。この時、腰の高さは一定に保つのが重要だ。

 その後、素早く後ろ足を引き付け、元の構えに戻す。


「1・2・3!」


 益田さんの号令に従い、1・2で前方へステップし、3で回転し、元に戻る。


 次はワンツーを打ちながら、ステップの練習だ。


 ワンツーがジャブとストレートのコンビネーションである事は今更言うまでもないが、最も基本ながら最も重要なパンチであるので中級クラスでもまずはこのパンチのフォームから確認する。


 前方へステップしながら利き手と逆の手である左手で、肩を廻しながら腕を伸ばし、腕が伸びたところで拳を握る力を入れて打つ。

 左拳の残像を打つような感じで、素早くジャブの手を引きながら右のストレートの手を伸ばし、内側にねじり込む様にして拳に力を込める。

 ジャブもストレートも打つときは肩で顎を守るようにして打ち、ガードの手は下がらない様にする。

 これが基本的なワンツーの打ち方だ。


 ここまでは入門クラスや初級クラスでも行う内容だ。


 次に行うのはこのワンツーの後にフックとストレートを打つコンビネーションだ。

 ワンツーの後にフックを打つのはボクシングでも定番だが、フィニッシュブローにストレートを打つ。


 1・2・3・4のリズムでジャブ・ストレート・フック・ストレートとリズムよく打つように練習する。

 前に体重を乗せる様にしてワンツーを打ち、パンチを引く力を利用して、前に乗った体重を後ろに体重移動させてフックを打つようにする。

 フックは相手のこめかみや顎を狙うことを想定して引っかける様にして打つと強く、バランスよく打てる。

 最後にフックで後ろ側に引いた反動を使ってストレートを打ち込む。

 手だけで打ってしまわないように、しっかりと腕・腰・足と体全体を使って打つようにして、特に最後のストレートはフィニッシュブローになるので力を入れて打ち込むようにする。


 次はミドルキックの練習だ。

 右ミドルキックはリラックスしながら前足である左足をアウトステップし、蹴りを放つ体勢になり、軸足を返しながら腰の回転を使って、蹴り足を前に放り投げるつもりで蹴り、振りぬいた蹴りに合わせ体を一回転させる。


 この時、軸足の膝が曲がっていると威力が半減するので、その場合踏み込む距離を短くすると素早くコンパクトに蹴れるらしい。


 左ミドルキックは前後の足をその場で瞬時に入れ替える。

 この時、真上を跳ねるのではなく、床の上に足の裏を擦る様な感じでやると上手くいく。

 頭の高さを変えずに前後の足を入れ替えるのがベストだ。

 この足の入れ替えをスイッチというが、スイッチと同時に前へ踏み込むと、踏み出した右足を軸に腰を入れつつ反動を利用して回転させるように蹴る。


「随分ミドルが板についてきたじゃねーか」


 インターバルの時に麗衣が小声で言った。


「そろそろ半年近くになるからね」


「入門体験の時、ミドルで回転した時に勢い余ってコケた時は笑わせて貰ったけどな」


 麗衣が意地悪そうに言った。


「人の黒歴史を穿ほじくり返さないでくれ……」



 次はテンカオ、つまり膝蹴りの練習だ。

 右のテンカオは肩の力を抜いて通常の構えから、左足で踏み込み、右腕を振り上げる。

 この反動を使い右腕を下げながら膝を引き上げる。

 この時、至近距離の攻撃となる為、相手のパンチをもらわない様に必ず左腕のガードしなければならない。


 左のテンカオはミドルキックと同じく左右の足をスイッチし、その際に左腕も同時に振り上げ、反動を利用して腕を振り下げながら膝を引き上げる。

 右テンカオと同じくガードをおろそかにしないのは言うまでもないが、今度は右腕でガードする。


「蹴り足のつま先は伸ばして膝を出してください」


 益田さんの説明によると、つま先を伸ばすことで、より膝が鋭角的になるらしい。


 これら各フォームの確認10回1セットが終わると、次はシャドーの練習だ。


 まずはパンチだけのシャドーを3分1ラウンド行う。


 いきなり蹴り技を含めたシャドーを行ってもフォームを崩したり、パンチから蹴りの連携が上手くいかない場合が多いらしい。

 その為、まずはパンチだけのシャドーから行うのが大切らしい。


 初心者はいきなりシャドーをやれと言われても何をすればいいか戸惑うものだが、要はミット打ちでやるようなコンビネーションをやれば良い。


 初心者の場合、ジャブを打ちながら前後の動きだけやる。左右は良い。

 先ずは前にステップしながらジャブ。バックステップ。

 慣れてきたら早くする。

 ステップしながらジャブを三発目ぐらいでストレート入れる。


 俺の場合、基本を重視し、残り時間を意識して、残り一分ぐらいから、左右のステップや回り込みステップをしながら、パンチの複雑なコンビネーションを行っている。


 相手を想定し、肩の力を抜いて、正しいフォームでパンチを打つと同時に、相手の攻撃や反撃を想定して、ダッキングやウィービング、パリングなど防御の動作も加えて動いた。


 続いてインターバルを挟み、蹴りを加えたシャドーを3分2ラウンド行う。

 パンチの時と同じ様に相手をイメージし、攻撃だけでなく防御も意識する。

 蹴りを含める事でバランスを崩さないように注意する。


 例えば、前進しながらワンツーアッパーを打った後、左膝を上げてミドルをカットする動作を行い、前蹴ティープりで相手を突き放すイメージで、最後にローキックを打つ。


 ワンツーを打った後、相手の反撃を想定して正面に立たない様に横に踏み込み、左フック。


 ワンツーを打った後、相手がいる事を想定しながら両手を前にかざし、相手の首を引き付けるイメージで首相撲から膝蹴りを出す。


 ワンツーからのコンビネーションが多いが、ワンツー直後は次の技につなげる前に基本の構えにしっかり戻すのを意識した。


◇◇


 上記は著者が過去に練習したことがある団体の中級クラスの練習を若干アレンジして描写したもので、一応基本的なところから書いていますが、入門クラスの練習の様子やパンチの基本的な打ち方から興味がある方は『ヤンキー女子高生といじめられっ子の俺が心中。そして生まれ変わる?』の方もご覧ください。


https://kakuyomu.jp/works/1177354054894905962

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