第7話 棟田とのタイマン(2)

「はあっ……はあっ……サンドバッグの癖に……生意気じゃねーか?」


 止めを刺すことに躊躇している間に、棟田はふらつきながらも立ち上がってきた。


 俺が感じる不安。


 それは、あまりにも俺が一方的に押していることだ。


 俺が強くなり、棟田との差が開いたと思ってしまえばそれまでの事だが、この程度の実力で鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードの残党を率いることが出来る物なのか疑問であった。


 この短期間で赤銅葛磨や赤銅鍾磨に代わる旗印になるには必ず何かがあると判断すべきだ。


 俺は立ち上がってきた棟田の周りを回りながら、左ジャブで棟田の頬を突き続けた。


 棟田は一方的に打たれ、見る見るうちに顔を腫らしながらも、ガードの奥から伺うその鋭い眼光はまだ死んでいない。


 何かを狙っているな。


 棟田が何を狙っているのか大方検討がついていた。


 俺は誘いの大きなモーションの右ストレートを放った。


 すると棟田は右足で踏み込みながら、スッと上体を落とし、タックルを仕掛けてきた。


 かかった!


 タックルを想定していた俺は右拳を素早く引きながら、アップライトスタイルから瞬時で腰を落とし、片足に掴まった棟田の頭を左腕で押さえると、肘を締め、前腕で棟田の頭を横に向けた。


「ぐ……ぬっ……」


 頭を肘で押されながらも俺を倒そうと尚も体を押し込んでくる。

 体格で上回り、恐らく総合格闘技を使うと思われる棟田相手に力比べでは分が悪い。


 だが、その力を利用すれば―


 俺は一瞬肘を引き、棟田の頭を呼び込んだ。


 そして間髪入れず、棟田の額に体重を乗せるようにして肘をカウンターで入れた。


「ぐあああっ!」


 力を利用すればその力が相手に返ってくるのだ。


 肘で切られた棟田の額から鮮血が飛び散った。


 だが、情けは無用だ。


 ここで攻撃を止めれば片足を取っている棟田に倒されてしまう。


 俺は再び左腕で棟田の頭を押さえると、左足を引き、負傷で力が一瞬弱まった棟田の腕を引き剥がすと、引いた足が戻る反動を利用し、左の膝蹴りを顔面にぶち込んだ。


「ぐっ!」


 こめかみを膝で蹴られながらも、尚も棟田は足を取ろうと執念を見せる。


 俺が棟田に倒されてしまえば今までの劣勢などあっという間に吹き飛んでしまう事を理解しているのだろう。


 実際倒されてしまえば俺は何も出来ない。


 だから、俺も必死だ。


 だが、慌てることはない。


 このシチュエーションは想定済みだ。


 俺は左膝を引き、左膝で攻撃するようにフェイントをかけると棟田は膝を警戒して右手を顔の前に出した。


 フェイントをかけた膝を引くと横から間髪入れず右膝で棟田の顔面を打ち込んだ。


「があっ!」


 左の膝を注意していたら、いきなり横から右膝を喰らい、棟田はよろめいた。


 棟田にもう打つ手が無くなったのか?


 立っているのもやっとの様子の棟田の眼光は先程と違い、弱弱しく、脅えるような色を見せている。


 俺を苛めていた頃の棟田は俺がそんな表情をしているのを見て愉しんでいたんだろうな。


 俺はそう思いながら、殆ど抵抗することも諦めた棟田の切れた額にジャブを放ち続けた。


 通常、硬い骨で守られた額にパンチを当てる事は拳を痛めるリスクがある為、下策だが、肘でカットした傷口を更に広げ、流血で棟田の視界を塞いでしまうのが目的だ。


 ボクシングでは珍しくない戦術だから卑怯とは思わない。


 決して気持ちいいものではないが勝つ為に手段を選べるほど俺が強くないのも事実だ。

 恐らく麗衣や姫野先輩ならば最初の膝で棟田を失神させているだろう。

 だから、棟田が降参するか、失神するまで、どんなに一方的になろうが手を緩めるつもりはない。


 俺は容赦なくジャブを叩き続けると、視界がほぼ塞がれたのか、碌にパリングで防ぐこともできず、足を止めた棟田の顔は血で染まっていた。


 もう棟田の反撃を恐れる必要はないだろう。


 そう判断し、ジャブを打った後、素早く右ストレートを打ち込むと、棟田は今日地面に二度目の尻餅を着いた。


「これ以上続けても無駄だと思うけど……まだやるかい?」


 いい加減に降参しろ。


 これ以上の喧嘩は望まなかったが、俺の意思に反し、棟田は俺に向けて中指を立てた。


「ケッ! 誰がサンドバッグ野郎に何かに負けるかよ!」


 もう俺の姿は殆ど見えていないだろうが、まだやる気なのだろうか?


「大方総合(格闘技)でもやっているんだろうけど、無駄だよ。キックボクシング以外にも週に二回MMAクラスで練習しているから。総合対策はずっとしてきているんだ」


 以前、麗衣が恵とタイマンを張った時、麗衣は空手と柔道を使う恵を圧倒したらしいが、MMAクラスで練習をして総合対策をしたことが大きかったらしい。


 だから俺もキックボクシング、ボクシングクラスの他にMMAクラスに参加して総合対策をする事にした。


 当初はMMAまでやろうとすることに対して、器用貧乏になると勝子に反対されていたが、で俺がMMAをやる決意した事を告げると、渋々ながら勝子も認めてくれた。


 あくまでも俺が格闘技をやるきっかけとなり、憧れでもある麗衣と同じく、キックボクシングがメインであることに変わりないが、MMAを経験する事で、どんなタイプの相手にでも対応出来るように練習を積んできた。


 無論、上級者から見れば付け焼刃であろうが、俺の打撃に碌に対応できていないレベルの棟田相手には十分だった。


「ケッ! でもなぁ……テメーには仲間が居ねぇ。ここには居ねぇが美夜受含めてテメーの仲間は女ばっかりじゃねぇか? そんなのが戦力になるか? だが、俺には手下が出来た! 兵隊が出来た! お遊びでタイマンに付き合ってやったが、所詮喧嘩なんて数が全てなんだよ!」


 すると喧嘩をしていて気づかなかったのだが、何時の間にか現れたのか? 最初から居た連中以外に、ぞろぞろと、六森の中に十人程、しかもバットや木刀を肩にかけた不良達が新たにやってきた。


 タイマンに気を取られ、増援を想定していなかった為、かなり不味い状況だ。


「オイオイ……コイツ等は見かけない顔だな。鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードの親衛隊連中とは違うみたいだけど……」


 流石の澪も焦った様子だった。

 下手に手を出せない俺を尻目に、仲間からペットボトルを渡された棟田は頭から水をかけ血を洗い流した。

 視界が回復したのか? 現状を確認し、棟田は勝ち誇ったように笑った。


「ハハハハッ! コイツ等は俺が喧嘩の実験台にシメて手下にした街の不良ワルだぜ! 一人一人は雑魚だけどよぉ。武器持たせりゃ格闘技やっていようがいまいが関係ねーもんなぁ?」


 澪は腰の袋に下げた二本のサイを抜きながら、中学生のメンバーに素早く指示を出した。


「香織! 静江! 武器の準備をしろ!」


「「はい!」」


 澪の凛とした声に応えるように、香織は二本のトンファーを、静江はヌンチャクを澪と同じく腰に入れた袋から取り出した。


「カズ! カズは素手の敵をぶちのめせ!」


「りょうかーい! でも、澪ちゃんの昔の仲間を殴ったりして大丈夫?」


 吾妻香月だから澪からカズと呼ばれている吾妻君は気遣うように言った。


「構わねーよ。今のオレは麗の中学生代表、赤銅澪だぜ。麗衣サンと小碓クンの為なら……仲間の為なら、命かけても良いぜ」


 澪は二本の50センチほどの真鍮製のサイのよく(三つ又の左右の上部)を親指の下から掛け、人差し指を柄にかけて、真っすぐ柄頭の下へ伸ばし、中指薬指小指の他方の翼を上から押さえ、物打ものうち(三つ又の中心の棒の部分)を肘に向けた。


「アタシだって大好きな武先輩の為ならこんな奴らに負けられないんだから!」


 香織は左右の手に40センチ半ば程の樫木の半丸形トンファーを持ち、左足を前に出し、胸前に左中段の構えを取る。


「わっ……わたしも……皆の為に頑張る!」


 静江は35センチ程度のスヌケ材の八角形ヌンチャクを持ち、香織と同じように左足を前に出し、レ字立で腰を下ろし、前後の距離を肩巾の二倍程度にした立ち方で左中段に本手構えと呼ばれる構えをした。


「ボクも武先輩や皆の事が大好きだから! 皆を守るよ!」


 吾妻君は俺のように簡易バンテージを嵌めて、手の握り具合を確かめていた。


「小碓クンは少し休んでいてください! 皆の様子を見てオレ達の中で誰かピンチになったら手を貸してください!」


 これは集団戦になった時の麗の取り決めている基本戦術で、タイマンなどで疲労したメンバーは一旦下げて、体力を回復させながら戦況を見極め、危機に陥ったメンバーの手を貸す様に決めてあった。


 予めこの様な決まり事を作る事で、タイマンの約束が破られ、不意に集団戦となった時に混乱せず、行き当たりばったりな戦術を取らずに済むのだ。


「ああ。分かった」


 一方の棟田達は、傍から見れば戦力とは思えない中学生の少女たちが武器を所持している事に少し驚いたようだが、自分達が数で上回り、優位である為なのか、強気の姿勢を崩すことはなかった。


「ケッ! ガキが! 武道ごっこでもしているつもりか? テメーら! こんなの只のコケ脅しだ! 構うことはねぇ! やっちまえ!」

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