第6話 棟田とのタイマン(1)
「テメー喧嘩でグローブか何か使うだろ? 俺も使うからテメーも自分のを使いやがれ」
そう言いながら、棟田は仲間に持たせたバックの中からオープンフィンガーグローブを取り出した。
こんなものを所持しているってことは、棟田も何か格闘技を使う可能性が高い。
「じゃあ、遠慮なく使わせて貰うよ」
俺も自分のバックからボクシンググローブの中に嵌める簡易バンテージと呼ばれるインナーグローブを取り出した。
通常、バンテージというと包帯状の手に巻く物だが、巻く手間を省いたグローブ状の形状をしている為に簡易バンテージと言う。
これは勝子から貰ったものだが、以来、喧嘩の時には必ずこれを使っている。
俺が使っているタイプはボクシンググローブを嵌めて使う分には少し大きいサイズであり、16オンス等大きめのサイズのボクシンググローブにしか使えないが、その分クッションが大きいので喧嘩をする時には拳を衝撃から守ってくれる。
俺は簡易バンテージを嵌め、両手首のマジックテープを着けると、澪にバックを渡しながら言った。
「悪いけれどこれを持っていてくれないか?」
「任されました! 小碓クン頑張ってね!」
「「「武先輩頑張って!」」」
後輩達の声援に押され、俺は既にオープンフィンガーグローブを嵌め終わっている棟田に向き合った。
「待たせたみたいだね。じゃあ始めようか」
俺は上体を起こし、左足を前に出すと、前後の足に5対5で重心をかけ、前足を正面に、後ろ足のつま先は正面に対して外側に45度の角度に向けた。
そして、両手はこめかみの高さに置き、顎を引いて上目遣いに棟田の方を見た。
以前は俺の構えを見たとき、俺を笑い飛ばしていたのだが、今の棟田にはそんな様子はない。
棟田の方も恐らく何らかの格闘技を学び、素人ではなくなったという事か。
棟田も足を肩幅に開くと、オープンフィンガーグローブを嵌めた左手を前に、右手を奥に手の位置は目線の少し下に構えると、大きく左足を一歩踏み出した。
「何か格闘技やっているみたいだね。何をしているんだ?」
「ヘッ! 誰がテメーになんか教えるかよ!」
棟田の判断は正しい。
例えば相手がボクシングをやっている事が分かればローキック主体で攻めれば弱点を点けるように、何をやっているか分かれば対策を立てやすい。
俺がキックをやっている事は恐らく知っていると考えておいた方が良いだろう。
棟田とタイマンしたのは半年も前の話だ。
かつての棟田の様に只パンチを振り回し、小学生の様に髪を掴んで膝蹴りしか出来なかった素人と同じとは考えるべきではない。
棟田は広げた掌で威圧するように前に出すと、ジリジリと距離を詰めてくる。
俺も奥足で地面を蹴るようにして前足を出しながら、牽制でジャブを放ちながら距離を測る。
そして、軽く棟田の掌に俺のジャブが当たった。
あと一歩でパンチが届く間合い。
つまりロングの間合い。
棟田が出てくるのを見るか? 攻撃すべきか?
俺は瞬時に棟田が出てくるのを見る事を判断した。
棟田が拳を握り、一気に踏み込んで来たところ、左足を捻りながら踏み込み、斜め上から棟田の太腿を刈る様に右のローキックを叩き込んだ。
「つうっ!」
棟田の突進の勢いが一瞬止まる。
キャッチをされぬ様に、素早く蹴り足を引くと、あと半歩踏み込めばパンチが届く、ミドルの間合いに距離が詰まっていた。
この間合いは立ち技格闘技において攻撃が届く理想の距離だが、それは相手にとっても同じ距離だ。
待つと相手の攻撃を喰らってしまう距離でもある。
だからこの距離では常に自分から仕掛けるのがセオリーだ。
俺は踏み込みながら腕を伸ばし、拳に力を込めてジャブを放つと、棟田の顔が跳ね上がった。
間髪入れず、俺は右の引手を十分に引きながら、体軸を中心に膝と腰の捻りを活かし、真っすぐ棟田の鳩尾にボディアッパーを突き刺した。
「ぐふっ!」
棟田は苦しそうに呻いた。
ジャブで上を意識させてからのボディアッパー。
いや、空手の裏突きと呼ぶべきだろうか?
手の甲を上に向けた突きを正拳突きと言い、逆に手の甲を下に向けた突きを裏突きと言う。
キックボクシングでは、あまり使われないボディアッパーだが、顔面へのパンチが禁止され、至近距離での突き合いが主体であるフルコンタクト空手の試合において、裏突きは重要な武器である。
「お上手です!」
静江の歓声が聞こえた。
「ああ。アレって静江が小碓クンに教えていた裏突きだろ?」
「うん! 先輩が教えてほしいって言っていたから」
ボクシンググローブを嵌め、長いラウンドの間にダメージを蓄積させる事を想定したボクシングのボディアッパーよりも、短い時間で効かせる事を前提にした空手の裏突きの方が喧嘩やボクシングよりもラウンド数の少ないキックボクシングに向いている。
そう思い、俺はフルコンタクト空手の使い手である静江に裏突きを教わっていたのだ。
俺をサンドバッグ呼ばわりし、「顔は駄目だよボディボディ」等とふざけながら毎日のように腹を殴ってきた棟田に借りを返すのに相応しいだろう。
因みに空手選手の様に、普段から裸拳を鍛えていない場合、ボディへの攻撃は拳を痛めやすいので止めるのが無難だが、今は簡易バンテージがクッションとなり、拳はある程度保護されている為に少しぐらいならば打つ事も可能だ。
「くそっ!」
棟田は強引に手首が触れる間合いに入り、俺の手を握ろうとしてきたが、俺はその腕を払うと、左手で顎を守りながら振り上げた右腕を振り下ろす反動を利用し、左膝を先程と同じ棟田の鳩尾にぶち込んだ。
「ごえっ!」
二歩、三歩。
腹を抑えながら棟田は後退する。
棟田がどんな格闘技を使うのか今のところ分からないが、距離が離れれば10センチは身長が上回る棟田の方が有利だ。
だから俺は両足ステップで跳躍し、距離を詰めながらワンツーで棟田の頬を打つがこれは浅い。
「調子に乗るなよ! この雑魚があっ!」
棟田は首を
喰らえば大ダメージを免れないが、如何せん肩に力を入れすぎなのか、モーションが大きすぎる。
―ワン―
俺は左フックを右側にU字でくぐるようにしてウィービングで躱す。
―ツー―
続いて放たれた右フックを左側にU字でくぐり躱す。
―スリー―
ワン・ツーとリズムよく攻撃を躱した後、スリーのタイミングで内側にねじり込む様にして返しの右ストレートを棟田の顎に拳で打ち抜く!
「ぐっ!」
綺麗にカウンターが決まり、棟田の顎の位置から拳が抜けるような感触とともに棟田は尻餅を着いた。
試合であれば明確なダウン。
だが、これは喧嘩だ。
レフリーがカウントを数えて止めるようなルールはない。
ローキックを打つ感覚で顔面へ蹴りを放つか、前蹴りで顎を突き上げれば高い確率で失神させる事が出来るだろう。
だが、ある不安があった為、追い打ちをかける事は出来なかった。
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