第2話 以前俺を苛めていた奴から狙われているらしい
翌日、麗衣が風邪で学校を休んだ。
その事を知ると案の定、勝子はソッコーで学校をサボり、日頃は真面目な恵も下手な言い訳をして早引きした。
多分この二人は学校をサボって麗衣の見舞いに行くつもりなのだろう。
俺もサボって麗衣の見舞いに行きたかったが、恵に麗衣の為にノートを取っておいてくれなどと頼まれては授業を出ざるを得なかった。
◇
昼休み、俺は屋上に行った。
普段は麗のメンバーが集まるこの場所は俺達(正確には麗衣)を恐れて誰もやってこない。
その為、俺は久しぶりに一人で昼食を食べることになった。
普段は麗衣に「あーん」をしたりさせて貰ったりで、勝子と恵が競い、激しく火花を散らしているのだが、そんなやかましくもウンザリとする光景も無ければ無いで寂しいものだ。
一人昼食を終わらせると、麗衣の様子を知りたかったので、俺は勝子に連絡しようとスマホを手に取ると、不意にドイツのヘビーメタルバンド、Helloweenの“I Can”に設定してある着信音が鳴り出した。
俺はスマホのディスプレイに表示された、登録されている名前を見て珍しい相手だと思いながら電話を受けた。
「はい。小碓ですが」
「おう。小碓。
まるで菅原文太のようにドスのきいた声の主は
「亮磨先輩お久しぶりです」
「そうだな。俺達三年は三学期になってから殆ど登校日が無いから久しぶりだな」
赤銅亮磨。
かつて近隣を騒がせていた暴走族、
激闘の末、麗衣が勝利した。その後、親衛隊長・
人数に劣る俺たちは絶体絶命の危機であったが、そこに警察が現れ、俺達は何とかやり過ごすことが出来た。
その後、
つまり、元の敵であり、仲間になったのが赤銅亮磨という人物なのだ。
女子である麗衣の顔を平気で殴り、
また、兄の鍾磨が半グレと関わりだしたので、仲間を巻き込ませないために
特に俺は天網のメンバーであるボクサーと戦うために亮磨先輩にスパーリングをして貰ったおかげで勝てたようなもので、この人には受けた恩がある。
「高校生は昼休みの時間だが、今話して大丈夫か?」
「亮磨先輩だってまだ卒業してないし高校生じゃないですか?」
「はははっ。ちげぇねぇな」
麗衣と岡本忠男に敗れた亮磨先輩は一時期自信を無くしていたが、麗のメンバーである織戸橘姫野先輩に説得され、本格的にボクシングに打ち込むようになったと聞いている。
高三の三学期ともなると殆ど登校日が無く、朝から夕方までアルバイトを行った後、夜はボクシングジムでトレーニングを行う日々らしく、既に高校生という感覚も薄れてきているようだ。
「ところで、何か用でしょうか?」
「ああ。お前、棟田って覚えているか?」
忘れるはずもない。
かつて俺を苛め、自殺寸前にまで追い込んだ中心の人物だ。
「ええ。覚えていますよ。何時の間にか中退していましたが、アイツがどうかしましたか?」
棟田は亮磨先輩の命で俺とタイマンを張り、まだ麗衣に基本的なパンチを教わったばかりの俺にボコボコにされた経緯がある。
その後、学校に来なくなっていたのだが、知らぬ間に学校を中退していたらしい。
かつて自分が苛めていた相手に叩きのめされ、それが何者かによって動画配信され、学校の多くの生徒にも知られてしまったのだ。
とてもではないが、恥ずかしくて学校に来られないのだろう。
だから二度と関わる事も聞く事もが無い名前と思っていたが、その棟田が今さら如何したというのだろうか?
「その棟田の野郎が近頃、不穏な動きが有るって噂を耳にしてな。お前に知らせておこうかと思って電話したのだが」
嫌な予感がするので聞きたくないが、聞かざるを得なかった。
「不穏な動き……とは?」
「アイツは最近、
「そんな馬鹿な。俺にやられていたような棟田にそんな大それた事が出来るものでしょうか?」
亮磨先輩のパシリ扱いで、
いや、何か格闘技でも始めていれば短期間でも強くなれる可能性はある。
同じことを亮磨先輩も考えていたようだ。
「そうとも言い切れねーぞ。お前みたいに一寸の間でスゲー強くなった例を見ているからな。アイツもそうじゃないとは限らないしな」
「確かにそうですね。警戒はしておきます」
「そうしておけ。本来なら俺が行って話をつけてくるべきだろうが……」
暫しの沈黙。
言いづらいことであるのだろう。
その僅かな間で、電話越しに亮磨先輩が苦虫を潰したような表情を浮かべている姿が想像できた。
事情を察し、俺は亮磨先輩の代わりに言った。
「分かっていますよ。やっとデビュー戦が決まったのに、万が一喧嘩にでもなって警察沙汰にでもなれば、試合どころではなくなりますものね」
亮磨先輩はプロボクシングのC級ライセンスを持ち、念願のデビュー戦を控えていた。
こんな大事な時期に喧嘩になりかねない話し合いなどさせるべきではない。
「わりぃな。親衛隊の連中は俺の一存で
亮磨先輩は兄の鍾磨が半グレと関わっていたこと。そして、長男の葛磨が麻薬中毒であった事に不安を抱いており、仲間を巻き込まないためにも
だが、直接亮磨先輩の配下であった特攻隊員ならとにかく、立場が亮磨先輩よりも上だった鍾磨の配下である親衛隊の方は制御できないのは仕方がないか。
かと言って、勝子に再起不能にされ、鍾磨という旗印をなくした親衛隊が表立って亮磨先輩に反旗を翻す勇気もなかったが、新たに棟田という旗印を得て反亮磨先輩派が勢いづいているということだろうか?
「とにかくだ。棟田が関わっているって事は真っ先に狙われるのはお前だろう。十分注意しておけ」
「大丈夫ですよ。俺もあの時の俺じゃありませんから」
「それは分かっているが、集団でリンチしようとしてくるかも知れない。お前、暫くの間、麗のメンバーと一緒に帰れ」
ありがたい警告ではあるが、今日はそれが不可能である。
「今日は麗のメンバー全員居ないんですよ」
「はぁ? そりゃ如何いうことだ? 美夜受も周佐も居ねーのか?」
亮磨先輩のトーンは上がっていた。
「麗衣が風邪ひいて学校休みまして、勝子も恵もお見舞いに行くために早退したみたいです」
「恵って
「元天網で、今は麗の仲間ですけどね」
「それは聞いているが、アイツも居ねーのか……仕方ねーな。助っ人呼んでやるから、今日はソイツと帰れ」
助っ人って誰だろうか?
それを聞く前に亮磨先輩は話題を変えた。
「そうそう。他にもお前に用があるのを忘れていた。お前、アマチュアのキックの試合に出たいんだっけ?」
「あ、ハイそうですね。まだジムの会長から許可は得ていませんが、トレーナーには技術的には問題ないだろうから出場許可得られるだろうって言われています」
「そいつは都合が良い。俺のデビュー戦の相手だけど、身長がお前ぐらいの元キックボクサーらしい」
キックボクシングを習っており、ボクシングクラスにも参加している俺とスタイルが似ているかも知れないということか。
「つまり、仮想デビュー戦相手として自分とスパーリングしたいって事でしょうか?」
「話が早い。お前も試合やるとしたらフライ級(約51キロ)かバンタム級(約54キロ)だろ? パンチだけになるがバンタム級の俺とスパーリングしておくのは試合に向けて良い練習になると思うが」
それは願ったり叶ったりの話だ。
俺が対戦するレベルのアマチュアキックボクサーでは、四回戦とはいえプロボクサーである亮磨先輩程のボクシングスキルを持つ選手は居ないだろう。
「ええ。天網のボクサーと喧嘩する時はスパーで先輩のお世話になりましたし、喜んでやらせてください」
「おお。助かるぜ。じゃあ日付は今から言う日の中から都合が良い日を教えてくれ」
この後、スパーリングを行う日程について打ち合わせを終え、電話を切った後、俺は助っ人が誰であるのか聞き忘れた事に気付いたが、昼休み終了の時間の鐘が鳴り、確認をすることが出来なかった。
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