第3話 これって逆ナン?

 授業が終わり、下校しようとした時、中学生と思しき三つ編みの女の子が校門の前に立っていた。


 女の子は近くにある中学の制服を着ており、何故か晴天なのにビニール傘を持っていた。


 この歳で日傘というのは考えづらいし、そもそもビニール傘では日傘にならない。


 そんな事を考えていたら、目が合った女の子から遠慮がちに声をかけてきた。


「あっ……あのぉ。スイマセン」


「え? 俺に用?」


「えっと……ハイ。そうです」


 女の子は気恥ずかしそうに言った。


 まさかの逆ナン?


 そんな経験は生まれてこの方一度も無いが、俺が声をかけられたのは間違えないらしい。


「そのぉ……この学校で美夜受という女性の方は居ますか?」


 その台詞で逆ナンでない事を理解し、瞬時に冷静になった。


「ああ。俺は麗衣の……美夜受の同級生だけど、アイツに何か用があるのかな?」


 すると女の子は緊張気味の硬い表情からパッと明るい表情に変わった。


「良かったぁ~どなたに声をかけても美夜受さんの名前を出すと知らないって言うし、困っていたのですが同級生の方に会えて良かったです」


 麗衣が暴走族つぶしをしている事は測らずも盗撮されていた動画で同級生には広く知られてしまっており、そうじゃなくても、麗衣みたいな目立つ奴の事を知らない訳無いだろうけど、恐らく関わりたくないと思い、知らないふりをされていたという事だろうか?


「それは良かったね。で、どうしたんだい?」


「そのっ……美夜受さんにお会いできないでしょうか?」


 近隣の不良どもからは恐れられている麗衣だが、他校の、ましてや中学生で不良の話とは無縁っぽい女子が麗衣の噂を知らないのは当然のことだろう。


 だから、この子は麗衣の事を恐れもしないのだろうが、一体何の用事だろうか?


「今日はアイツ休んでいるよ。要件があるなら俺が代わりに伝えておくけど?」


 すると、女の子は落胆したような表情を浮かべた。


「そうでしたか……実は私、あの人にお礼を言いたくて来たのですが」


「アイツにお礼?」


「ハイ。実は昨日、美夜受さんに傘を貸していただいて、傘を返すのとお礼を言いに来たんですよ」


 ああ、それで晴れなのに傘を持っていたのか。


「でも、昨日は大雨だったけれど、君は傘を持っていなくて麗衣……美夜受に借りたって事?」


「ハイ。そのおっ……登校中に片手で傘をさして自転車を漕いでいる人に傘をぶつけられて、その後風に煽られて私の傘が壊れたんですよね」


「何だそれ? 悪質な自転車だな」


 俺は見知らぬ自転車乗りに憤りを感じた。


「ええ。でも怖くて文句は言えませんでした。私が途方に暮れて雨に濡れながら歩いていると、美夜受さんが傘を貸してくれて、私がお礼を言う前に走り去って行きました」


 だから麗衣は昨日あんなに雨に濡れていたのか。

 でも一つ腑に落ちない事がある。


「美夜受の制服がこの学校の物だって事はこの辺に住んでいれば分かるとして、どうして名前まで知っているの? まさか自分で名乗っていたから?」


「いえ、傘に三文判で押された名前が入っていましたので御名前はすぐに分かりました」


 そう言って少女は傘の取っ手に張られた透明のテープの中の紙に押された「美夜受」という文字の三文判を見せた。


 同じ様な見た目が多いビニール傘の盗難対策だ。

 ビニール傘なんか盗まれても新しく買えば良いというタイプかと思っていたが、意外だった。


「どうしようか。俺がアイツに渡しておこうか?」


「いいえ! そのおっ……出来れば私が直接渡して御礼が言いたいので……」


 もじもじと顔を赤らめながら恥ずかしそうに俺の視線を避けながら女の子は言った。


 ああ。この子も麗衣に惚れて、何だかんだと理由をつけて麗衣に会いたいのかな?


 これから麗衣の家には見舞いに行くつもりだから、この子を連れて行ってあげるという事も出来るが……。


 俺に向けられているに気付き、俺はこの子に言った。


「そう言う事なら仕方ないね。多分アイツなら一日で回復するだろうから、また明日も今頃来れば会えるかもよ?」


「ハイ。そうします。教えてくださってありがとうございました」


 女の子は丁寧に頭を下げると大事そうに傘を持ちながらこの場を立ち去った。


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