ヤンキー女子高生の下僕はキックボクサーを目指しています!

麗玲

第1話 びしょ濡れのJK

 ―いいぜ。一緒に死んでやるよ―


 あの日、初めて言葉を交わしたヤンキー美少女……。美夜受麗衣みやずれいい

 彼女の台詞に俺……小碓武おうすたけるの思考が追い付く前に、美夜受は何の躊躇いもなく俺に抱き着いた。

 身長160センチしかない俺よりも僅かに身長が高い美夜受は悪戯っぽい顔で俺を覗き込むと、そのまま事も無さげに背面に跳んだ。


 ―え?―


 抱き着く美夜受のほっそりとした体は見かけによらず、重さがあるのか?

 それとも俺が非力すぎるせいなのか?

 理由はいずれにせよ屋上の柵を超えた足場は足のサイズ程の広さも無く、落下する美夜受の体を支え切る事は出来なかった。


「うわあぁぁぁぁぁぁっ!」


 バランスを崩した俺の両足が地面から離れ、刹那の浮遊感。

 足場から一瞬の浮遊。そして落下。


 その日、苛められっ子の俺と何の接点も無かった美少女キックボクサー、美夜受麗衣と心中し、生まれ変わった。



 ◇



 ―あの日から約半年後―


 東京都の2月にしては珍しい大雨の日だった。


「おはよう。下僕武」


 学校に着き、下駄箱で靴を履き替えていると俺を下僕呼ばわりする同学年の女子、周佐勝子すさしょうこに話しかけられた。


「おはよう師匠」


 女子の平均身長より若干低い、身長155センチぐらいで、二つおさげの小動物の様な少女、周佐勝子は俺に「師匠」と言われると嫌そうな顔をした。


「だから、今度師匠って呼んだらオーバーハンドライト喰らわすって何回も言っているでしょ?」


 勝子はそう答えると、ヤンチャ坊主のような表情で俺に向けてバサバサと雨に濡れた傘の開閉を繰り返し、水をぶっ掛けてきた。

 周りの生徒から見れば傍迷惑な行為だが、このチンチクリンの攻撃としては無害に等しい。

 なんせ、元エリートボクサーであるコイツに叩き潰された暴走族どもをこの目で何人も見てきているのだから……。


「勝子、俺が濡れるだけじゃなくて下駄箱まで濡れちゃうだろ?」


「アンタだって不良の癖に何真面目ぶった事言っているのよ?」


「俺って勝子の中じゃ不良だと思われているの?」


 つい半年前まで苛められっ子で自殺未遂までしていた俺がどうして不良扱いされるのだろうか?


「だってそうでしょ? 授業はサボるし、暴走族と喧嘩するし、一般人から見たら不良以外の何者でもないでしょ?」


 麗衣と知り合った後、彼女に惹かれた俺は麗衣が率いる暴走族潰しのチーム、「うるは」のメンバーに入り、アマチュアトップクラスのキックボクサーである麗衣や元ボクサーであり、伝統派空手の使い手でもある勝子から格闘技を教わっている。

 授業をサボるのは大体勝子に付き合って格闘技の練習をしている場合が殆どだ。

 更にキックボクシングのジムに通い出してから麗衣達と一緒に暴走族と数々の喧嘩を重ねてきた。


 確かに……振り返ってみると俺自身としては不良という認識は無いが、客観的に見たらそう思われても仕方が無いのかも知れない。


「確かにそうだけれど、喧嘩以外に殆ど悪い事はしてないよ」


 そんなやり取りをしている時だった。

 所謂姫カットの前髪が揃えられた黒髪ロングのお嬢様風少女が傘を畳みながら挨拶をしてきた。


「おはよー! 武君! 周佐さん! 朝から仲良さそうだね!」


 身長は俺と同じ160センチぐらいのお嬢様風の少女は同級生の十戸武恵とのたけめぐみ

 そのたおやかな見た目とは裏腹に、かつて法で裁かれない悪に鉄拳制裁を加えていた右翼組織「天網」の元リーダーで、俺達「麗」との抗争で麗衣に敗れた後和解し、「麗」に加入した総合格闘技の使い手だ。


「はぁ? 何言っているの? どうして私がこんな下僕と仲良さそうに見えるのよ? 寝言を言うのはせめて授業が終わってから言ってね」


 勝子が不機嫌そうな表情を隠しもせずに言うのを無視し、恵は俺に尋ねた。


「君達って何時になったら付き合うのかなぁ? 秘かに二人が早くくっつくように応援しているんだけどねぇ」


 本人達の目の前で言ったら秘かな応援にならないだろうとツッコミを入れる前に勝子は恵に言い返した。


「そんな事言って。武が麗衣ちゃんを諦めて私と付き合えば、貴女は麗衣ちゃんを狙おうっていう魂胆でしょ? 見え見えなのよ」


 恵は日頃の態度から同性である麗衣に想いを寄せているであろう事は周知の事実だが、それは勝子も同じだったりする。


 謂わば恋のライバルである為、恵にとって俺が勝子と付き合うとすれば都合が良いのだ。


「うーん……。それもあるけど、冗談抜きに君達凄くお似合いだと思うけれどね。それにキス位した事あるんじゃないの?」


 ギク!


 コイツ、エスパーかよ。


 俺は天網との抗争の後、勝子と歩いた夜の立国川公園で勝子にキスされた事、柔らかな唇の感触を思い出していた。


 いや、それを言うなら勝子だけじゃなくて麗衣ともキスした事あるけどね。


 まぁ、キスが原因で俺は二人から下僕扱いされているのだが……。


「なっ……何を言っているの? 十戸武が見ていた訳じゃないでしょ? ねぇ武?」


 勝子は明らかに動揺した様子で俺に振り向いた。

 この馬鹿。

 肯定しているような物だろ?


「おっ……おう。そうだよな。そんな事を言うなら証拠を見せろ証拠を」


 勝子の態度を心の中で罵りながらも、俺もB級サスペンスで犯人役が追い詰められた時のような言葉しか出てこなかった。


 恐らく、勝子一人の発言ではグレーだったのが、更に俺の発言で黒であると恵は判断したようだ。


「あはははっ。やっぱりキス位しているんだねぇ。後で麗衣さんに聞いてみようかなぁ~」


 恵がそう言った時だ。


「うーっす……お前等。何やってんの?」


 聞き慣れた声の方向に振り返ると、金髪に雨を滴らせ、あたかも制服の上からシャワーを浴びたかのように、びしょびしょに濡れた麗衣が不思議そうな顔で立っていた。


「何って……麗衣こそどうしたの!」


 ポタポタとスカートの裾から水雫を垂らし、グッチョリと濡れた髪を手櫛で搔きあげる麗衣の姿を見て、俺は思わず声を上げた。


「麗衣ちゃん! そんなに濡れて如何したの!」


 勝子が慌ててスカートのポケットからハンカチを取り出して麗衣の濡れた褐色の頬を拭こうとすると、


「まぁっ! 麗衣さん! 大変! これを使ってください!」


 恵は鞄からタオルを取り出し、麗衣の頭にタオルを被せて、わしわしと髪を拭きだした。


 まるで主人の寵を競う側室達のようだが、麗衣は大して気にした様子もなく、成すがままに任せていた。


「いやぁ……傘忘れちまってよ。ちょっと位平気かと思って走って学校に来たら、こんなに濡れちまったよ……はははっ」


 麗衣の家に行った事あるけど、学校からだと歩いて45分位かかるはずだ。

 キックボクシングのトレーニングの一環で毎日走って来るらしいけれど、それでも30分近くかかるんじゃないのか?


 今朝は早くから大雨が降っていた。


 それに昨夜から雪が降る可能性もあると天気予報でやっていたぐらいなのに、傘も持たずに学校に来るものだろうか?


「取り敢えず、ジャージに着替えたら如何ですか? 風邪引くよ?」


 恵はもっともな提案をした。


「そうだね。取り敢えずウチのクラスの連中全員叩きだすから、ウチの教室使って着替えて良いよ」


「おっ……落ち着いて勝子。保健の先生に断って保健室借りれば良いんじゃ?」


 自分の事以上に冷静さを欠いて、本当にやりかねない勝子を窘めると、麗衣は軽く頷いた。


「ああ。そうだな。ジャージ持ってきたら、まず保健室に行くわ」


「いえ。私、麗衣さんのジャージ取って来ますね! 麗衣さんは先に保健の先生に事情を話してください」


 恵は目ざとく言うと、麗衣は恵に尋ねた。


「良いのか? あたしのロッカー分かるか?」


「ハイ、勿論です」


「そうか……わりぃけど頼んで良いか? 急がないとマジで風邪引きそうだし……」


「気にしないで。じゃあ、急いで取って来ますから」


 恵がそう言い残し、急いで教室に向かった。

 その後ろ姿を見て、勝子はポツリと呟いた。


「アイツに麗衣ちゃんのロッカー漁らせて大丈夫かしら?」


 いや、多分お前に任せるよりは安全だと思うぞ。


 命に係わる事なので、俺は口から出かけた言葉を必死に飲み込んだ。



◇◇


 『ヤンキー女子高生といじめられっ子の俺が心中。そして生まれ変わる?』の武君がキックボクサーを目指したり、たまにラッキースケベありな作品になる予定です。


 ヤン女と心中本編を読まなくても楽しんでいただける作品にするつもりですが、ヤン女と心中の方も読んでいただいた方が理解しやすいかと思いますので宜しければご覧ください。


https://kakuyomu.jp/works/1177354054894905962


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