オリヴァーとクリスタ
「おじさんなんて……そんなこと思ったことはありません。私なんて子どもだから……」
「アデリナはもう子どもじゃないだろう。最初は子どもが必死に背伸びしているような、微笑ましい気分だったが、もうそんなことを思っちゃいけないと思う。仕事の取り組み方もそうだし、マーカスからもアデリナが家でどれだけ努力しているか聞いているよ。たった半年かもしれないが、その真摯な姿勢は見習わないといけないな」
オリヴァーは眩しそうに目を細める。アデリナは頬を染めてはにかんだ。
「褒め過ぎだと思います。でも、そう見えるのなら、それは最初に変わるきっかけをくださったオリヴァー様のおかげです」
「だからこそもったいないと思う。社交界にデビューした後のこと、アデリナは考えているのか?」
オリヴァーは真剣な表情でアデリナに問う。
アデリナも期限が迫ってきた今だから、その先のことを考えるようにはなっていた。だが、それを口に出すことは憚られる。自分のわがままでしかないと知っているからだ。アデリナは目を伏せた。
「……私はもうこれ以上、わがままを言ってはいけません。子どもだったからこうして外で学んでくることも許されたのです。両親が結婚するようにと言えば、それに従うのは義務だと思っています」
アデリナ個人の感情よりも、家の利益を優先させるべきではないかと、アデリナの考えは揺れていた。
特に、マーカスが平民であるクラリッサを選んだから、ベールマン男爵家への風当たりは強くなるだろう。それを弱めるためには、アデリナがベールマン男爵家以上の家に嫁いで、後ろ盾になればいい。そんなことも考えていた。
オリヴァーは腕を組んで唸る。
「……本当にアデリナは大人だな。俺なんて、好きなことばかりやって勘当を言い渡されるぐらいだったぞ」
「オリヴァー様は、今こうして実績があるじゃないですか。私にはそれがないから……」
「それならアデリナも実績をこれから積んでいけばいい。社交界デビュー後でも、アデリナにやる気があれば俺が面倒を見てもいいと思っているが、どうだろう?」
オリヴァーの提案は魅力的だ。だが、アデリナには素直に頷けない。家のこともそうだが、オリヴァーはアデリナがオリヴァーを好きだと言ったことを忘れているのだろうか。自分の気持ちが軽く扱われているようで、アデリナの表情が曇った。
「……お忘れですか? 私はオリヴァー様が好きで、社交界デビュー後に返事を聞かせて欲しいと言いました。あの時、オリヴァー様は断るつもりだとわかったからです。私はやっぱりオリヴァー様が好きで、オリヴァー様が他の女性と結ばれるところを間近で見るのは辛いんです……」
オリヴァーは気づいたように目を見開いた。その仕草がまたアデリナを傷つける。アデリナは笑うしかなかった。
「いいんです。子どもの一過性の気持ちだって思われても。ですから、その後本格的に学びたいと思えば、自分で探します。心配していただき、ありがとうございます。それまで、ご指導をお願いします」
「そう、か」
アデリナが線引きをしたことで、オリヴァーはそれ以上何も言わなくなった。
本当はそれでも傍にいたかった。だが、オリヴァーにはもう十分よくしてもらった。これ以上責任を負わせることはしたくなかったのだ。
気まずくなりそうな雰囲気を、アデリナは敢えて明るい声で壊した。
「それよりも、夜会のドレスを考えてみたんですが、聞いていただけますか?」
「あ、ああ。それなら図で書いた方がよさそうだな。ちょっと待ってくれ。筆記用具を用意してもらうから」
オリヴァーは立ち上がると廊下へ出た。一人になった部屋でアデリナは溜息をつく。
「……これで、いいの。これ以上は迷惑かけられないもの」
初めからアデリナが選ばれるとは思っていない。だが、夢を見てしまったのだ。叶わない夢を。それだけで十分幸せだろう。そう思うのに、切なさに胸が締め付けられる。
オリヴァーが帰ってくるまでに気持ちを立て直そう。アデリナは自分の両頬を手で叩いて気合を入れた。
◇
「それで、ここをこうしたらどうかと」
「ああ、なるほど。いいんじゃないか?」
アデリナとオリヴァーはソファに隣り合い、デザイン画を描きながら覗き込む。どちらも真剣な表情だ。
アデリナが考えたドレスは、紺色のもの。ウエスト部分を高めに設定し、三段切り替えのタックを入れてウエストを絞る。胸元にはアデリナの肌色に映える真珠のネックレスを当日はつける予定なので、鎖骨が見えるくらいに襟ぐりを取った。スカート部分には花の模様のレースを重ねてふんわりと仕上げる。下地とレースの色を微妙に変えることでレースが浮き上がって可愛いのではとアデリナは思ったのだ。
「オリヴァー様にそういっていただけるとホッとします……」
「いや、お世辞抜きですごくいいと思う」
アデリナが顔を上げて隣にいるオリヴァーに笑いかけると、オリヴァーの真剣な表情が至近距離にあった。思った以上に近い位置にあったので、アデリナは息をのむ。
目をそらすこともできず、アデリナはじっとオリヴァーを見つめる。オリヴァーも何も言わずに見つめ返してくる。そのまままんじりともせずに時間が過ぎるかと思えば、呆れたような声音が空気を壊した。
「お兄様、情けないですわね。そのまま口づけくらいするのかと思いましたのに」
「クリスタ!」
オリヴァーがいち早くクリスタに反応して、アデリナから視線が逸れる。それにアデリナはほっとしたように嘆息した。
(オリヴァー様の色気に飲まれていたわ……)
間近で見たからか、思考が停止して、周りのものが見えなくなっていた。先程までのことを思い出して、アデリナは赤くなる。
「お兄様、女性に恥をかかせるものではなくてよ。ほら、アデリナを見てくださいませ。お兄様のせいで真っ赤になっておりますわよ」
「アデリナ、すまない。あんなところを見られたら、君の評判を落としてしまうだろうに」
オリヴァーは申し訳なさそうに頭を下げる。だが、それはお互い様だ。アデリナは赤い顔で首を振る。
「いえ、私こそ申し訳ありません。つい夢中になって距離をとることを忘れてしまいました。オリヴァー様はアドバイスをくださっていただけなのに」
アデリナがそう言うと、オリヴァーは何故か歯切れが悪くなった。
「いや、まあ、そうなんだが……」
クリスタはオリヴァーの様子に気づき、ニヤニヤといやらしく笑う。
「まあ、お兄様。それだけではなさそうですわね。いいことですわよ」
「うるさい。それにその顔はやめろ。お前は仮にも伯爵令嬢だろうが」
「素直じゃありませんわね。ですが、わたくしが言ってしまえば台無しになりそうですから黙っておいてあげますわ。直接お兄様が言ってあげることですわね」
「それは……」
オリヴァーが黙り込むと、クリスタは呆れたようにオリヴァーを睥睨する。
「まだわかっておりませんの? 本当に大人って面倒臭いですわね。相手の体面ばかり気にしていては、欲しいものは手に入りませんわよ。お兄様のことだからいろいろ逃げ場を作ってあげているのかもしれませんが、それが反対に相手を傷つけることをいい加減学んではいかが?」
クリスタとオリヴァーの中で話が進んでいるようだが、アデリナにはわからない。それでも口を挟まずに二人のやりとりをしばらく眺めていたのだった。
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