クリスタの企み
「アデリナ、お待ちしておりましたわ」
「クリスタ様、お招きありがとうございます」
アデリナはカーテシーをした。正式な招待ではないにしても、ここはファレサルド邸。失礼があってはいけないと、アデリナの肩に力が入る。
ローザとクリスタの来店から数日後。アデリナの休日に合わせて、何故かクリスタにファレサルド邸へ招待された。
格上の伯爵家を訪ねるのだからと、今日のアデリナはよそ行きのドレスを纏っている。若草色で、胸元と裾、袖の部分にフリルをあしらったドレスに合わせて髪をハーフアップにした。そうすることで子どもっぽさが多少抑えられているはずだ。
クリスタはアデリナを頭のてっぺんから足先まで見下ろすと、感心したように頷いた。
「今日は気合の入った格好をなさっていますわね」
「伯爵邸にご招待されたのですから、恥ずかしい格好はできませんよ」
「ええ。よかったですわ」
「何がです?」
「いえ、こちらの話。それでは参りますわよ」
クリスタはよくわからないことを言って歩き始める。アデリナは首を傾げながらも、その後を追いかけた。
◇
「それではこちらにおかけになって。わたくしは少々席を外しますわね」
「え、あの……」
引き止める間も無くクリスタは扉を閉めてどこかへ行ってしまった。案内された客室で、アデリナは一人途方に暮れる。所在なさげにしばらくはウロウロしていたが、諦めてクリスタに言われた席へと腰掛けた。
少しして扉がノックされてアデリナは返事をする。
「はい、どうぞ……え?」
「アデリナ、クリスタがすまないな」
てっきりクリスタが戻ってきたと思っていたら、何故かオリヴァーが入ってきた。オリヴァーは扉を開け放し、そのままアデリナの向かいに座った。
「え、クリスタ様はどちらへ? それに、何故オリヴァーさまが?」
オリヴァーは重い溜息をつくと、苦笑した。
「昨日、クリスタが急に実家に帰ってこいというから帰ってきていたんだ。今日は出かけるなと朝からうるさいし、何かあるとは思っていたんだが……妹がすまないな」
「いえ。それでクリスタ様はどちらへ……?」
「あいつはこれからダンスのレッスンだよ。あとは二人でごゆっくりだそうだ。本当にあいつは何を考えているのか」
アデリナにはクリスタの考えがわかってしまった。ローザがオリヴァーに接近してきたから、引き剥がしたいのだ。手っ取り早く、アデリナとくっつけてしまえとでも思ったのだろう。
「申し訳ありません。きっと私のせいです。クリスタ様は私の気持ちを知っているし、オリヴァー様とローザ様のことを心配しているから……」
「アデリナが謝ることじゃないだろう。むしろクリスタが悪い。アデリナの気持ちを弄ぶようなことをして。そうやって無理強いする方が、相手の気持ちが離れることもあるとあいつにはわからないんだろうな」
「……ええ、そうですね。人の気持ちなんて誰かに言われて変わるようなものではありませんから。今日は申し訳ありませんでした。クリスタ様がいらっしゃらないなら私はこれで失礼します」
これ以上オリヴァーに悪感情を与えたくない。そう思ってアデリナが立ち上がると、オリヴァーが慌てた。
「いや、誤解しないでくれ。俺はアデリナがクリスタにそれを強いたとは思っていない。せっかく来てくれたんだから、クリスタが戻ってくるまでゆっくりしていってくれ。客を帰したとなるとクリスタに叱られる。それに、こうして仕事以外で会うのも初めて会った時以来じゃないか?」
「ですが……オリヴァー様はいいんですか?」
「よくなかったら言わないよ。とりあえず座ってくれ。ちゃんと噂が立たないように扉も開け放したし、廊下にメイドもいる。安心して欲しい」
アデリナは逡巡し、再び座った。そこまでしてくれるオリヴァーを振り切ってまで出て行くことはできなかった。アデリナはオリヴァーに笑いかける。
「仕事ができなくなると困るので、配慮していただいて嬉しいです。もう残り少ないので、最後まで頑張りたいんです」
「それが条件だったな。クリスタはそれを知らないとはいえ、未婚女性になんてことをするのかと呆れるよ。それでなくとも俺と噂になればアデリナの社交界デビューに差し支えるだろうに」
「いえ。仕事のことがなければ別にいいんです。むしろそれで求婚が減れば私としてはありがたいのですが」
彼らは今現在幼いアデリナの外見を気に入っているから、アデリナがこれから成長し、大人になれば見向きもしなくなるだろう。
そうなれば幼い子どもに手を出すか、またアデリナのように幼い外見を持った成人女性に手を出すか、いずれにせよアデリナは捨て置かれる気がする。
そんな状況になった時、アデリナは耐えられるのだろうか。両親はそれを心配して相手を見極めているのだろう。
アデリナの言葉にオリヴァーは苦笑する。
「それは駄目だろう。俺がアデリナを弄んだとなったら、結婚できなくなるぞ」
「私はそちらよりも、オリヴァー様が
「いや、それこそ俺は気にしないよ。それで放っておいてくれるならそっちの方がいいかもしれないな」
オリヴァーは溜息をつく。
オリヴァーは次男とはいえ、伯爵家を継ぐ可能性があるし、外見も魅力的だ。さまざまな女性に秋波を送られているのかと、アデリナの心がざわついた。
「……オリヴァー様はモテますからね」
「それは違う。遊び相手にはぴったりだからだろう」
オリヴァーは自嘲するように笑う。それがどこか寂しそうに見えて、アデリナの心に込み上げるものがあった。
(違うのに。私はそんなあなただから好きになったわけじゃない……!)
「……私は、オリヴァー様の外見を好きになったわけじゃありません。一緒にしてはいけないのかもしれませんが、オリヴァー様の中にも、私と同じように理解されない孤独を感じたんです。本当の自分を見て欲しいって。オリヴァー様は確かに大人だと思います。だけど、私はそんなオリヴァー様の心に近づきたいんです。きっと私以外にもそう思っている女性はいるはずです……!」
アデリナは必死に言葉を紡ぐ。拙い言葉だとしても、少しでもオリヴァーの心に届いて欲しい。ただそれだけだった。
オリヴァーはしばらく無言でアデリナを見ていたが、ふっと表情を緩め、口を開いた。
「アデリナはいつも全力でぶつかってくるな。だからこそ、そこに嘘がないって信じられるんだろう。クリスタがアデリナを気にいるのもわかるな。実はあいつに言われたんだよ。アデリナが義姉になるのは賛成だと。相手にも選ぶ権利があると言ったんだが」
「クリスタ様……冗談だと思っていたんですが、申し訳ありません」
「ん? どうしてアデリナが謝るんだ?」
「だって、オリヴァー様にも選ぶ権利があるんです」
こんな私なんて、というと卑屈になりそうだからアデリナは言葉を飲み込んだ。今はまだ自分に自信はないが、自信を持つために今自分は頑張っている。その努力を自分で否定してはいけない。
ただ、それとオリヴァーの気持ちはまた別だ。オリヴァーの周囲にはローザを含めて魅力的な女性が多い。その中では見劣りするとアデリナもわかっている。
「だからクリスタは俺にアデリナを勧めたんだろう。クリスタから見て、アデリナには魅力があると思った。そういうことじゃないか? だが、アデリナこそ、俺は十も歳上のおじさんだぞ? そんな男と噂になったら気の毒だ」
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