女は愛嬌?

 オリヴァーは適当に流すかと思いきや、アデリナの問いを真剣に考えてくれたようだ。少し考える素振りを見せてから口を開いた。


「今はそんな気持ちはないよ。というよりは、持てなくなった、が正しいかな」

「それだけ……」


 好きだったのかと言いかけて、アデリナは止めた。それを聞いて自分が取り乱さないとは思えなかったのだ。


 気持ちを自覚した時もそうだ。あんなに綺麗な女性には太刀打ちできないと落ち込み、一度でもオリヴァーの心を奪った彼女に嫉妬した。


 今もまた、オリヴァーに思われながらも裏切った彼女に対して様々な思いが渦巻いている。


 自分が欲しくて足掻いているものを易々と手に入れた癖に、それを簡単に捨てた彼女を許せない。それに、何もなかったように再びオリヴァーの心を惑わせる彼女が嫌い。


 だけど何より、そんな風に他人を妬んで汚い感情に支配される自分が嫌い──。


(こんな醜い私なんて選ばれるわけがないわ)


 アデリナは視界が潤みそうになるのをぐっと堪えた。


「アデリナ、大丈夫か?」

「……大丈夫です。それで、ローザ様のドレスを作るんですよね。オリヴァー様が担当されるのですか?」

「ああ。俺に頼みたいということだから受けるよ」

「そうですか……」


 そして二人は無言になる。


 アデリナはこれ以上、オリヴァーにかける言葉が見つからなかった。仕事に私情を挟めないというオリヴァーの考えは理解できる。だが、オリヴァーの気持ちは割り切れるものだろうか。アデリナは自分よりもオリヴァーが心配だった。


 ◇


「またあの女、来ていますの?」

「クリスタ様、駄目ですよ。お客様ですから」


 店に来るなり顔を険しくさせたクリスタを、アデリナはとりなす。クリスタはわざと聞こえるような大声で言うのだ。ローザに聞こえはしないかと、アデリナは気になってチラチラとローザとオリヴァーのいる奥を見やる。


「あら、わたくしだって客ですのよ。それに何ですの? 伯爵夫人なのだからわざわざ護衛連れでここに来なくても、伯爵邸に呼べばいいでしょうに。やましい気持ちがあるからお兄様を呼べないのかしらね」

「クリスタ様、言い過ぎです。もし人に聞かれたらオリヴァー様が悪く言われてしまいます」


 アデリナはクリスタを諌める。聞きようによってはオリヴァーがローザを誑かしていると誤解を招きそうだ。クリスタは面白くなさそうに顔を顰める。


「アデリナにそんなことを言われるとは思いませんでしたわ。あなただってお兄様を慕っているのだから面白くないでしょうに。わたくしはあんな女よりもあなたの方がお似合いだと思いますわ。頑張りなさいな」

「ええと、ありがとうございます? といっても、何を頑張るのかわからないのですが……」

「いろいろありますでしょう? 色仕掛けとか、既成事実とか」

「……クリスタ様、それを私に言いますか」


 アデリナはクリスタの胸を見て、自分の胸を見る。クリスタは襟ぐりの広いドレスを着ているが、それが似合うくらいに立派な胸をしている。それに引き換え、アデリナは多少成長したとはいえ、まだまだ子ども体型だ。


 がっくりと肩を落としたアデリナをクリスタが慰める。


「あ、いえ、あなただって発展途上なのだから、まだまだこれからですわよ。諦めずに頑張りなさいな!」


 頑張れの方向性が変わっていることにクリスタは気づいていない。それでも懸命に励ましてくれている気持ちを察して、アデリナは苦笑した。


「はい。それで、クリスタ様もデザインの打ち合わせですか?」

「ええ。それでクラリッサに会いに来たんですわ。そうしたらまたあの女がいるから。せっかくの楽しい気分が台無しですわね」

「まあまあ……」

「あら、クリスタ様、ようこそお越しくださいました」


 噂をすればクラリッサが出てきた。どことなく疲れて見えるのは、気のせいではないだろう。


「クラリッサさん、少し顔色が悪いけど大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫。寝不足なだけ。それにしてもアデリナはすごいわね。私、仕事をしながら男爵邸に通わせてもらっているけど、結構しんどいわ。なのにアデリナはちゃんとどちらもこなしているもの」

「いえ。私はクラリッサさんのように顧客を抱えているわけではありませんから。それに、生まれた時から当たり前のようにマナーを学んできたので、クラリッサさんと一緒にしてはいけないと思います。クラリッサさんの負担を考えると心配になります……」


 アデリナの顔が曇る。クラリッサはそんなアデリナを抱きしめた。


「本当にいい子ね。心配しないで。私が決めたことだから」

「ふがふが」


 何か言おうとしても、アデリナの顔はクラリッサの胸に埋もれて言葉にならない。しかも息苦しくなってきて、アデリナはクラリッサの腕を叩く。気づいたクラリッサは離してくれた。


「あ、ごめんなさい」

「ふう、苦しかった……私もこれくらい胸があれば……」

「馬鹿ね。女の価値は胸ではないわよ」


 チッチッチとクラリッサは指を振る。アデリナはわからずにクリスタを見るが、クリスタも首を傾げる。


「わかりませんわ。じゃあ、何ですの?」

「愛嬌よ。遊び相手なら顔やスタイルかもしれないけど、最終的に選ばれるのは一緒にいてほっとしたり安らげる女だそうよ」

「え、それ誰情報ですか?」

「マーカス様よ」


 クラリッサは胸を張って自慢げに言う。だが、マーカスと聞いて、アデリナは途端に信憑性を疑ってしまった。


「お兄様、そんなに経験がないのに……」

「ええ。マーカス様では少し疑わしいですわね」


 クラリッサが苦笑する。


「あなたたち、大概酷いわね。それなら私はどうなるのかしら」

「あ」


 つまり、クラリッサを選んだマーカスの趣味を疑うということになる。気づいたアデリナは慌てて弁解した。


「いえっ、クラリッサさんは素敵です!」

「そう考えると、マーカス様はクラリッサを愛嬌で選んだということですわよね?」


 クリスタはクラリッサ本人に問う。クラリッサは恥ずかしそうに顔を赤らめる。


「……それは私にはわからないから、直接本人に聞いて」

「ふふふ。お兄様とうまくいっているようで何よりです」


 乙女なクラリッサは可愛い。アデリナから、つい笑みが零れた。クラリッサは誤魔化すように咳払いをすると、アデリナに言う。


「だから、アデリナもわからないってことよ。オリヴァーがどう思っているかはわからないけど、アデリナと一緒にいる時のオリヴァーは穏やかに見えるわ。アデリナも無理して背伸びするよりは、そのままのアデリナで勝負すればいいと思うわよ。どうせ嫌でも大人になるんだから」

「クラリッサさん……いえ、お義姉様ですね。ありがとうございます」

「いえ、私もあなたのような妹ができるかもしれないと思うと嬉しくて。こちらこそありがとう」


 二人が姉妹のように仲良くしていると、クリスタが不機嫌になる。


「わたくしは除け者ですか。悔しいですわね……そうですわ。アデリナ、お兄様と結婚なさい。そうすれば、わたくしだって姉妹ですわよ」

「ク、クリスタ様! オリヴァー様にも選ぶ権利が……!」


 慌てるアデリナの言葉はクリスタには聞こえていないようだ。ブツブツと何やら呟いている。


「……あんな女よりもアデリナの方がずっといいですわ。それに遊び目的の女性たちも一掃できますし、お兄様の噂だって消えます。良いこと尽くめではありませんか。ふふふ。あんな女にお兄様は渡しませんわよ……」

「……クリスタ様、どうしたのかしら」

「さあ? 何か面白いことでも企んでいるんじゃない?」


 クラリッサは含み笑いをするが、アデリナは嫌な予感しかしないのだった。

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