招かれざる客
それからはマーカスだけでなく、クリスタまでもが店を訪れるようになった。マーカスの場合はクラリッサに会いに来ているのだが、クリスタの場合は話していた女性を警戒しているようだった。
そして、アデリナとクリスタは年齢が近いこともあり、少しずつ仲良くなっていった。正確に言えば、アデリナがクリスタに振り回されている感じだが。
気は強いがどこか憎めない。クリスタに優しいところがあるからだろう。
また、変化は他にもあった。マーカスがクラリッサを両親に紹介したのだ。クラリッサがマーカスとのことを真剣に考えると言ったことで、アデリナとともに淑女教育を受けられるようにするのはどうかとマーカスが提案したためだ。
貴族と平民の壁は高くて厚い。それを乗り越えるのはクラリッサ一人の努力では到底無理だろう。だからこそ、マーカスも両親という協力者を求めたのだ。
案の定、両親は平民が男爵夫人になることに難色を示した。それはクラリッサが気にいらないというよりは、クラリッサがその重責に耐えられるかということにだ。
貴族の中には選民意識が高い者も少なくない。自分たちは国を支えているのだと、平民を見下す。平民もまた、働き、税を納めて国を支えていることを考えようともしない。そんな彼らがクラリッサが男爵夫人になった時にどんな態度を取るか。想像に難くない。
慣れない暮らしに、侮蔑。クラリッサが参ってしまわないか、それを心配しているのだろう。それにはマーカスとアデリナ、オリヴァーやクリスタまでもが支えると約束した。
だが、それでもクラリッサに逃げ道を与えるために、アデリナと同じように考えるための猶予期間が与えられた。ただ、こちらの場合は無期限だ。クラリッサが無理だと思った時点で終了になる。そしてクラリッサもベールマン男爵家に通うようになった。アデリナとともに淑女教育を受けるためだ。そうして少しずついろいろなことが変わり始めた──。
◇
「いらっしゃいませ……って、クリスタ様。今日も来たんですか?」
ここのところ毎日クリスタが来ている。伯爵令嬢というのは、社交に慈善活動に淑女教育にと、毎日忙しいと思うのだが。アデリナは、暇なんですかという言葉を飲み込んだ。だが、顔には出ていたらしい。クリスタが顔を顰める。
「あなたも大概失礼ですわね。わたくしは客ですわよ」
「そう言いながらもこいつ、アデリナを気にいってるんだ。嘘をつけないからだろうな」
クリスタの後ろからオリヴァーが出てきて、クリスタの頭を叩く。
「お兄様、余計なことは仰らないでくださいませ。わたくしは夜会のドレスを仕立てに来たんです! アデリナ、あなただって準備しないと駄目でしょう? あなたの社交界デビューまでもう二ヶ月を切りましたわよ」
「ええ、わかっています……」
それと同時に、アデリナがここに居られなくなるかもしれない日。だからあまり気が乗らないのだろう。アデリナはまだ夜会のドレスを決めていなかった。わかりやすく元気が無くなったアデリナに、クリスタは慌てる。
「ま、まあ、あなたの場合、似合うドレスが難しいから仕方ないですわね。でも、心なしか、胸が成長している気がいたしますわよ!」
「心なしか……」
励ましているようで、反対に落ち込ませる。クリスタも無自覚に酷かった。オリヴァーが苦笑する。
「アデリナ、すまない。本人的には褒めてるんだと思うんだが。こいつの周りにはこいつを持ち上げる令嬢しかいないから、相手を褒めることがほとんどないんだ。だからどうしても傲慢に見えるんだよな」
「お兄様こそ、わたくしを貶しているではありませんか。それに傲慢って何ですの。わたくしはそんなに偉そうには見えませんわよ。失礼な」
そう言いながらクリスタは胸を張る。それがまた偉そうに見えることを本人は気づいていない。
オリヴァーは微妙な表情で小さく首を振ると、アデリナに向き直る。
「……まあ、そういうことにしておこう。だが、クリスタの言うことももっともだ。そろそろデザインを決めて縫製に取り掛からないと間に合わないぞ。アデリナはどうしたい?」
「私は……」
約四ヶ月の間オリヴァーとクラリッサの元で学ばせてもらったが、自分にデザインの才能があるとはアデリナは思っていない。だから、オリヴァーかクラリッサにデザインを頼むつもりだったが、それでは駄目なのではないかと思い始めていた。
今の自分は自分の幼い部分を認めることができる。それならば、以前のような失敗はしないはず。そう思って自分の気持ちを吐露する。
「……自分でデザインを起こしてみたいです」
「アデリナ……大丈夫か?」
オリヴァーが気遣わしげに問う。以前のアデリナを知っているオリヴァーだから、またアデリナが無理に背伸びしていると思っているのかもしれない。
「不安はあります。ですが、ここで勉強させていただいたことを最後に活かせると思うんです。私は無為に時間を過ごしてきたわけではありません。今の自分に足りないもの、持っているものを活かしたデザインを自分で考えてみたいんです。ただ、やっぱり不安なのでアドバイスを求めることはあると思うのですが……お願いしてもいいですか?」
「ああ、もちろんだ」
オリヴァーは嬉しそうに笑う。そのままアデリナの頭に手を伸ばしかけてやめた。それをアデリナは訝る。
「どうしたのですか、オリヴァー様?」
「いや、何だろう。アデリナをもう子ども扱いはできないと思ってね。ちゃんと自分で考えて答えを出して……クリスタの言う通り、アデリナは成長していると思う」
「お兄様、わたくしは胸が、と言ったのですけれど、お兄様も同じところを見ていらっしゃったの?」
クリスタは軽蔑の眼差しをオリヴァーに向ける。アデリナとオリヴァーのほんわかした雰囲気はぶち壊しだ。オリヴァーは嫌そうな顔になる。
「お前と一緒にするなよ。俺はアデリナがいろいろな面で成長していると言いたかっただけだ」
「つまり胸も含めてですのね?」
「ああ、もう! 胸が胸がとうるさいな。アデリナが嫌がるからもうやめろ!」
二人のやり取りにアデリナは思わず吹き出した。二人はしばらく交流がなかったと聞いていたのに、息がぴったりだ。
「お二人は仲がいいですね。見ていて楽しいです」
「いや。こんな風に話すのもしばらく振りだ。俺はもうファレサルドを出ているからな」
「そうですわ。お兄様が醜聞のせいで、一時期勘当されてからでしたわね。勘当はとけてもお兄様は帰って来られなかったのでそのままになっておりました」
「住んではいなくても、たまには帰っていただろう? だが、こいつが俺を毛嫌いしてたんだよ」
「それはそうでしょう。お兄様が噂を否定もせずに、肯定するような行いばかりなさるから。本当に忌々しい」
クリスタは眦を釣り上げてオリヴァーを睨む。その眼光の鋭さにオリヴァーはたじろいだ。
「そんなことを言われてもな……」
すると入り口の扉が開く音がした。即座に反応したアデリナが笑顔で声をかける。
「いらっしゃいませ」
オリヴァーとクリスタも振り向きかけて止まる。オリヴァーからは表情が消え、クリスタの顔は険しくなった。
入ってきたのは一人の女性だった。オリヴァーとそう年齢は変わらないだろう綺麗な女性。だが、アデリナには既視感があった。
以前お茶会で見かけたオリヴァーがかつて交際していたらしい女性だ。今も変わらず清楚で頼りなげな雰囲気を醸し出している。
女性は魅力的な笑みを浮かべると、オリヴァーに話しかける。
「お久しぶりね。一着ドレスをお願いしたいのだけど」
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