クリスタとの話し合い.3
「どちらかが犠牲になるような話をしないで! マーカス様、私は何も言ってません。一人で完結しないでください!」
「は、はい」
クラリッサの剣幕に気圧されたマーカスはどもりながらも返事をする。クラリッサは今度はアデリナを睨む。
「アデリナ! あなたもあなたよ。マーカス様の幸せを考えるのはいいけれど、あなたの幸せと私の幸せを考えてないわよね? 私はあなたの犠牲の上に成り立つ幸せなんて望んでないの。わかった?」
「はい……」
アデリナも渋々頷いた。そこでクラリッサは改めてマーカスに尋ねる。
「……本当に私でいいのですか?」
マーカスは熱に浮かされたような目でクラリッサを見返す。
「あなたがいいんです」
マーカスの言葉にクラリッサの顔が赤くなり、恥ずかしそうに目を伏せる。
「……私もです。正直に言うと、私に男爵夫人は荷が重いです。私は平民で貴族の常識なんてありません。だからといって、アデリナに責任を押し付けてあなたと結婚とは考えられなくて……すぐに決めることは難しいので、時間をいただけないでしょうか?」
「それはもちろんです!」
マーカスは勢い込んで返事をする。考えてくれるだけで嬉しいと思っているのが、その顔と返事にありありと現れている。
そこでアデリナが口を挟む。
「でも、クラリッサさん、それでいいんですか? 私はそもそもお兄様が家を継ぐものだと思っていたから自分が継ぐという選択肢が浮かんでこなかっただけで、別に継ぐことは構いませんよ?」
「いいのよ。それにアデリナにも好きな人がいるでしょう? まあ、その人は長男ではないから、入り婿になることも可能でしょうけど」
クラリッサはオリヴァーを見やる。アデリナもついオリヴァーを見るが、オリヴァーの表情は変わらない。
「いえ、私が一方的に好意を寄せているだけですから。それに政略結婚だとしても、私の両親のように、そこから始めることだってできると思うので……」
アデリナとマーカスの両親はきっかけは政略結婚だったが、今でも仲がいい。大切なのはそこから愛情を育めるかどうかだと、アデリナは思う。
そうなると、オリヴァーのことは諦めて忘れなければならない。そう考えて、アデリナの胸が締め付けられるように痛んだ。
俯いて唇を噛み締めたアデリナに、クラリッサが気遣わしげに声をかける。
「アデリナ……諦めることが大人になることではないと思うわ。あなたは今、自分の将来のために頑張ってる。だから、私も頑張ってみるわ。仕事をしながらだけど、貴族の常識を学んで、あなたたちに近づきたい」
「クラリッサさん……そうですね。まだ、可能性の一つでしかないんですよね……お兄様を、よろしくお願いします」
クラリッサはマーカスと一緒にいるために考えてくれたのだ。それならアデリナも、どうするのがいいか、これから考えていきたい。
アデリナとクラリッサが微笑み合い、それを涙ぐみながら見つめるマーカス。
そんないい感じにまとまりかけたところで、オリヴァーに現在に引き戻された。
「それで、マーカスは何しに来たんだ?」
「あ」
マーカスも今思い出したかのように声を上げる。立ち上がってアデリナを見る。
「そうだった。お前を迎えに来たんだよ」
「え、どうして」
「お前がついてくるななんて言うから、変な奴に付きまとわれているのかと心配だったんだよ。それで迎えの馬車に乗ってきたんだ。中で様子をうかがっていたら、往来で喧嘩を始めるから出るに出られなくて。それでこっそりと後から追いかけたんだが……」
「結局ついてきてるんじゃないですか」
呆れるアデリナに、オリヴァーが取りなす。
「まあまあ。それはアデリナを心配してのことだろう。いい兄貴じゃないか。マーカスも、うちの妹が迷惑をかけてすまないな」
「いや、クリスタ様もオリヴァー様を思ってのことだったし、もう気にしないでください。私としては、それ以上のものを得ることができましたし、反対に感謝しています」
「そう言ってくれると助かる。顔を合わせれば嫌味ばかりで、俺は嫌われているとばかり思っていたんだが……」
そこで、ずっと黙っていたクリスタが声を上げた。
「噂通りのお兄様は嫌いですわ。これまでは大人の女性と噂になっていたから不潔だと思いながらも我慢しましたが、さすがに子どもに手を出すのはどうかと思いまして。お兄様がアデリナ様を誘惑したのか反対なのかはわかりませんでしたが、そこまで人として堕ちたのかと思ったら堪らなくなったんですの」
「……お前が俺をどう思っていたのか、よーくわかったよ」
「クリスタ様……私はもうじき成人なのですが……」
苦々しげなオリヴァーに、落ち込むアデリナ。先程までの甘い空気は何処へやらといった感じだ。
「ですが、そうですわね。あの女と違ってアデリナ様は駆け引きとか腹芸が苦手だというのはよくわかりましたわ。あの女に取られるよりは、アデリナ様の方がマシですわね。認めてあげてもよろしくってよ」
クリスタはアデリナの方を向き、腕を組んで踏ん反り返る。オリヴァーは頭痛を堪えるように、目を瞑りこめかみをさする。
アデリナはこういう時どうすればいいのかわからず、首を傾げた。
「ええと、ありがとうございます?」
「アデリナ、礼を言う必要はない。クリスタ、お前は本当に……言うだけ無駄か……」
「あら、感謝して欲しいくらいですわ。わたくしが見ていないと、お兄様はまた変な女に誑かされるではありませんか。我が兄ながら本当に女性を見る目がありませんわね。そうそう。お兄様に忠告しようと思っておりましたの。あの女、今頃になって、またお兄様に接触するつもりですわよ。問題を起こして、離縁になりそうで焦っているのではないかしら。社交界の中ではそのことは割と知られているようなので、誑かす相手がいないのでしょうね。お兄様は現在ほとんど社交をなさらないから、つけ込む隙があるとでも思っているのかもしれませんけど、そんなことわたくしが許しませんわよ!」
「……何というか、お前の思い込みもすごいな」
「思い込みではありません。わたくしは確かにこの耳で聞いたのです。ですからお兄様の周囲に気を配っていたのですわ。きっと近いうちに何かあるはず。わたくしも伯爵家の娘。そういった情報には耳聡いのです」
クリスタとオリヴァーだけで会話が進んでいく。その成り行きをアデリナ、マーカス、クラリッサは見守っていたが、マーカスが急に声を上げた。
「やばい! もう帰らないと。俺、執務を抜け出してきたんだった! アデリナ、帰るぞ!」
「えっ、ちょっ、お兄様!」
マーカスはアデリナの手を掴むと立たせる。そのままアデリナは引っ張って外に連れて行かれそうになるが、クリスタたちの話が気になって離れたくなかった。思わず縋るようにクラリッサを見ると、クラリッサは心得たように頷く。
「また明日話しましょう。アデリナが気にしていること、話してあげるから」
「ありがとうございます、クラリッサさん」
すると、マーカスが赤い顔でクラリッサに言う。
「クラリッサさん、それではまた」
「ええ」
答えるクラリッサの顔も負けじと赤い。出来立ての初々しいカップルに、アデリナの胸は温かくなった。
だが、一方でクリスタが話していた女性が、アデリナには気がかりだった。
オリヴァーをそこまで夢中にさせて、手酷く裏切った人。その彼女がまたオリヴァーと。そんなことを考えるとモヤモヤする。
アデリナは、後ろ髪を引かれる気持ちで店を後にした。
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