クリスタとの話し合い.2
アデリナはクリスタの問いに苦笑いで答える。
「……私、こんな容姿なので、縁談の申し込みが、ご老人か
「そう、なんですの。いいご両親ですわね」
クリスタは、驚きつつも感心しているようだ。
政略には個人の感情など必要ない。アデリナの結婚相手がどんな相手であっても家の繁栄に繋がればいいのだから、両親も受け入れるものだとアデリナは諦めていた。
事実、社交界にデビューしたての十八歳の女性が自分の祖父くらいの年齢の男性に嫁がされることも珍しくはない。
家のために娘を犠牲にできない両親は、人が良すぎて貴族としては大成できないだろう。だが、アデリナはそんな両親が好きなのだ。
両親を褒められて、アデリナは顔を綻ばせる。
「はい。ありがとうございます」
「……そんなご両親だから、あなたがこうなったのも頷けますわ。お兄様が仰る通り、あなたは悪い方ではないのかもしれませんわね」
「ああ。アデリナには腹芸は無理だろう?」
クリスタの言葉にオリヴァーも苦笑いだ。褒められている気がしないアデリナは唸る。
「ううん、それって、私が単純ってことですよね……」
「まあまあ、それがアデリナのいいところよ。それよりも、オリヴァー。あなたの妹は結局アデリナに謝ってないと思うんだけど?」
クラリッサがアデリナを慰めつつも、話を戻す。そもそもはクリスタの思い込みから始まったのだ。だが、オリヴァーが口を開くよりも先にクリスタは今度は素直に頭を下げる。
「アデリナ様、申し訳ございませんでした」
「いえ……私にも兄がいるので、クリスタ様のお気持ちはわかります。私の兄も騙されやすい方なので心配なんですよね」
「ああ……マーカスはなあ」
「ええ、マーカス様はねえ……」
アデリナがしみじみ言うと、オリヴァー、クラリッサが同意する。クリスタは何とも言えない表情で、言葉を濁しながらもアデリナに問う。
「あなたのお兄様ってそんなに……?」
「はい。我が兄ながら単純で落ち着きがないんです。だから、しっかり者のお嫁さんに来て欲しいのですが……」
アデリナはちらりとクラリッサを見る。
マーカスはクラリッサが好きなのに、いろいろと考え過ぎているようだ。身分の違いもそうだが、クラリッサは美人で、自分のような平凡な男には見向きもしないと思い込んでいる節がある。
アデリナとしてはクラリッサの人柄も好きだし、仕事の面で尊敬できるので、是非ともマーカスの結婚相手になって欲しいのだが。こればかりはクラリッサの気持ち次第なので無理強いはできない。
アデリナの視線に気づいたオリヴァーも頷く。
「そうだな。俺もクラリッサとマーカスはお似合いだと思う」
「ちょっ、オリヴァー!」
「オリヴァー様、そんなに直接的に言っては」
「いや、はっきり言わないとクラリッサは逃げるからな。好きなら好きって言えばいいのに」
「オリヴァー!」
クラリッサは声を張り上げたが、その顔はほんのりと赤い。怒りのせいかと思ったが、目が泳いでいる様子を見て、アデリナも察した。
「え、もしかしてクラリッサさん、本当にお兄様のことを……?」
「な、アデリナまで、何を言っているの! そんなことはどうでもいいの!」
「うわあ……すごく嬉しいです! 私、クラリッサさんみたいなお姉様が欲しかったんです!」
クラリッサの否定を流して、アデリナは歓喜の声を上げる。アデリナが喜ぶ様子を見て、クラリッサは戸惑っているようだ。
「アデリナ、あなた嫌じゃないの?」
「何がですか?」
「だって、私、貴族じゃないし、貧しい生まれで学がないし、男関係が派手そうな見た目だし……」
クラリッサは恥じ入ったように目を伏せる。アデリナはこれまでクラリッサと一緒に働かせてもらって、クラリッサの人となりを見てきた。クラリッサは恥ずかしい生き方なんてしていないとアデリナは思う。
「クラリッサさんは立派です。仕事の腕も確かだし、場を仕切るのがうまいですし、頭の回転も速いですし、美人でスタイルが良くておしゃれですし、嫌なところが見当たらないのですが」
「アデリナ……」
「あ、でも、お兄様が頼りないからクラリッサさんの方が反対に嫌になりそうですね」
「そんなことないわ! マーカス様は優しいし、間違っていたら素直に謝ってくださるし、私を淑女扱いしてくださるし……」
クラリッサは慌ててマーカスを褒める。その顔は恋する乙女そのもので、クラリッサが本気でマーカスを思ってくれているのがわかり、アデリナは笑顔になる。
「クラリッサさん、ありがとうございます」
「え、お礼なんて……」
「言わせてください。お兄様もあんな感じだからなかなか縁談がまとまらなくて。お兄様を食い物にしようとする女性は寄ってくるようなのですが、やっぱり妹としてはお兄様に幸せになって欲しいんです。クラリッサさんのような方なら、お兄様をお任せできます」
「アデリナ……ありがとう。だけど、マーカス様本人の気持ちがわからないから。マーカス様が嫌がる場合もあると思うのよ」
クラリッサは苦笑した。マーカスの気持ちを知っているアデリナは間髪いれず否定した。
「それはありません!」
「それはない!」
アデリナの声に誰かの声が被さったが、この場にいる他の誰も口を開いていない。全員の視線が声がした、部屋の入り口の方を一斉に見る。するとそこには、何故か真っ赤な顔で立ち尽くすマーカスがいた。
「えっ、お兄様?」
「どうしてマーカスが?」
アデリナとオリヴァーが驚きの声を上げるが、クラリッサは口をパクパクとさせて言葉が出てこないようだ。話を聞かれたせいで混乱しているのかもしれない。
マーカスは深呼吸をすると、中に入ってきてクラリッサの隣に跪く。
「……立ち聞きして申し訳ありません。ですが、アデリナの言う通り、あなたは素敵な女性です。私はこんなに不甲斐なく、普通の平凡な男ですが、あなたが好きです。あなたの気持ちを教えてはいただけないでしょうか?」
「マーカス様……」
クラリッサのいつもの強気は鳴りを潜め、真剣な表情のマーカスと静かに向き合う。
「……私も、あなたが好きです。でも、私とあなたでは身分が……」
「ええ。そのことではあなたに苦労をかけると思います。私は男爵家を継いで、家や家族、領地で暮らす領民たちを守らなければなりません。もし、私と結婚になればあなたに男爵夫人という重責を押し付けてしまうことになる」
マーカスはそこで言葉を失ってしまった。その上で自分を選んで欲しいとは言いにくいのだろう。
男爵家当主の責任は重い。国から託された領地を守り、そこに暮らす人たちの生活も同時に守らなければならない。クラリッサ一人のためにそれを捨てることはマーカスにもできないだろうとアデリナにもわかる。
だからこそ、アデリナも悩んだのだ。だけど、他にも方法がある。アデリナはそこで口を挟んだ。
「……お兄様。私が入り婿をとればお兄様は解放されます。そうすればクラリッサさんも悩まなくてすみますよね?」
「アデリナ、お前、何を……」
「女である私の継承権は低いです。でも、優秀な入り婿を迎えれば、その限りではありません」
継承権は直系男子の長男、次男、三男と下がり、娘は政略結婚の道具として他家に出されるため、その場合は親類男子が優先される。だが、娘が入り婿を迎えれば継承権は上がるのだ。
「お前がそこまでしなくても、俺がクラリッサさんを諦めれば……」
「いいえ。お兄様がクラリッサさんを諦めてお兄様を食い物にするような女性と結婚したら、それこそ男爵家は没落しそうです。それなら私が……」
「もうわかったから!」
兄妹の話に、クラリッサは堪らず割り込んだ。
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